第6話『三の国の勇者』

 不死にとって時間とはあってないようなもの。

勇者リベリオ特製エリクサーポタージュパーティーから何日か経っていた。私の朗読を表立って聞いてくれるのが魔法使いシリルだけになってしまい、真面目に朗読をするより雑談を交える方が有意義になってきたある日、その人はやって来た。

 第一印象は強そう、あと慣れてる。魔物の血をべったりつけ、かぶとと鎧と脛当すねあてを別々の装備で固めた不死人は祭壇前までやって来ると聖女たちの顔を見渡した。

「……三人もいる」

若い青年の声で喋った彼と運悪く目が合ってしまい、ちぐはぐの鎧騎士は私の前へやって来る。

「ここ神殿で合ってますか?」

不死人は私の間合いに遠慮なく入って来て、驚いた私は立ち上がってのけ反った。

「待て」

魔法使いシリルがサッと間に入ってくれて私は胸を撫で下ろす。

「聖女に不用意に近付くな。どこの国だ」

「あー、俺? 三の国とか言ったかな」

「三の国? どこだ?」

「えーと、かなり東。ねえ、それより」

ちぐはぐ君はシリルより私に強い興味を示していて、シリルを押し退けて近付いて来そうな気配だった。

「キミ聖女? どの属性?」

(何でこう新しい人ってのは遠慮なく……!)

上手いことかわさなければと困っていると灰の勇者が現れて、ちぐはぐ君の首根っこを掴んで祭壇の間から放り出した。

「イッテ!」

(ナイス勇者!)

私はサッと灰に駆け寄って背中に隠れた。灰も当然と私を隠す。

「我が聖女に何用だ」

「イテテ……我が聖女?」

ちぐはぐ君は立ち上がると肩を回した。

「あ、アンタもしかして灰の勇者? 燃えてるし。じゃあやっぱり灰の聖女でいいのか、彼女」

ちぐはぐ君は灰がいないも同然に私に声をかける。

「俺、ハルト。聖女さん名前は?」

(ハルト? 日本人っぽい名前……)

「貴様、どこの国だ。聖女に無礼だぞ」

「何でそんなに国気にするんだアンタら? 三の国だよ三の国」

「三の国? 聞いたことすらないが」

「超東の国。いや、で、俺はその人の名前聞いてるんだけど」

「答える必要はない」

灰は私をかばってくれた。

一方の私は三の国のハルトから得体の知れない親近感と違和感を感じていた。

(この人、私と一緒で別の世界から来てない?)

でもだからって仲間とは限らない。お互い似た世界から来たにしても私の交友関係は私が築いたものだし、勝手に割り込まれたら困る。

ハラハラしつつも灰の背中に隠れて黙っていると三の国のハルトは首を傾げた。

「いやー、あれ? やっぱりNPCって訳じゃないのか」

(今NPCつった! 異世界人だ!)

「こいつは何を言ってる?」

「さあな。だが聖女に不用意に近付く者は歓迎されない。もう少し身の振り方を考えるべきだ」

「は? 何? これ嫌われたの? 好感度設定とかある感じ?」

灰は明らかに怒っている。いつもなら剣を抜いていてもおかしくないのに彼はそうしようとしない。

(ハルトが強そうだからかな?)

向こうへ行けと魔法使いシリルに追い払われ三の国のハルトは渋々祭壇から離れた。

(ほーっ)

「……ユイア。だ、……何かされたか?」

いつもなら大丈夫ですと答えてしまうだろう。でも、灰はここのところ私に気を配ってくれている。

(素直に気持ちを言っても、いいかな?)

「あの……怖かったです」

私の言葉を聞くと灰は一瞬こわばって、遠慮がちに抱擁してきた。私も素直に抱擁を返した。前は違ったけど、灰の腕の中は落ち着く。

「……もう大丈夫だ」

「あの、三の国ってどこですか?」

「この辺りで聞いたことはない。東の方と言っていたし弱小国家だろう」

「そうですか……。あ、あのシリルさん」

「何だね」

「祭壇の見張りをお願い出来ますか?」

「構いませんが……」

「勇者さま、少しお話が」




「奴も異世界人?」

「はい。恐らく」

 神殿の三階に逃げ込んだ私たちは周りに誰もいないのを確認して話をした。

「実はこの世界、私の世界にあったお芝居、じゃなくてボードゲームに似てるんです。ハルトと言う人はもしかしたらここをゲームの世界だと思っているかも……」

「NPCがどうとか言っていたな。何かの略か?」

「はい。ゲームで使う単語です」

「そうか……」

灰はあごに手を添えて深く考え込んでいる。私は彼の手を取って黄昏たそがれ色の瞳を見つめた。

「あの、で、でも私はここをお芝居の中だとは思っていません。皆さん生きて、いやえっと、生身の人間です。私もそうですし」

「当然だ」

「だからその、あの」

「落ち着け」

灰に両肩を掴まれ私は深呼吸を挟む。

「……異世界人は私だけだと思ってました。だから急に増えて戸惑っています……」

「戸惑って当然だ」

「鏡の国のこともあるし……どうしよう……」

「……お前は何も心配しなくていい」

灰は改めて私を抱き締めた。

「いいか、何も心配しなくていい。ガブリエルのことも俺が対処する。灰の国の間者もいる」

「は、はい」

「何度も言うが、俺はお前の勇者だ。灰の聖女を守る勇者はこの俺だ。お前は真っ先に俺に相談しろ。女でなければ対処出来ないことは聖女同士で相談だ。いいな」

「は、はい」

私は灰にすがるように抱擁する腕の力を強めた。


「ユイアさん!」

(まあ名前くらい他の人から聞くよね)

 三の国のハルトはさっきのやり取りも気にせず祭壇に戻った私に声をかけてきた。灰が立ちはだかっていると言うのにお構いなし。本気で視界に入ってないみたい。

「奇跡って聖女から習うんだろ? 教えてくれない? あ、あと好感度ってどうやったら上がる? 贈り物とか?」

「しつこい男だ……」

灰はとっくにブチ切れている。彼がかぶとの下でガーゴイルのような恐ろしい顔をしているのが分からないのだろうか?

「ゆ、勇者さま……」

私は灰を盾にした。遠慮なく間合いに入ってくる男ほど恐ろしいものはない。無力な乙女になす術なんてない。

「聖女が怖がっていることに何故気付かない?」

「え? 怖い? 何で? 俺なにもしてない……」

灰はとうとう剣を抜いた。彼の怒りに反応して剣が赤く熱を帯びる。

「弱小国家のれ者が……」

「あ、やっぱりそうだよ! 俺が本来そっちだよな!」

(話が通じてない……)

「何で俺灰の勇者じゃないんだろ? どう考えてもポジションそこなのに」

「ユイア、この男は殺す。殺していいな? 殺すぞ」

「普段なら止めるんですけど……。やっちゃっていいです。痛い目見ないと反省しない人です多分」

「わかった。殺す」

灰の勇者が振りかぶるとハルトは慣れた様子で避けた。

「俺対人戦廃ゲーマーだったんだよね」

「殺す」

「うおおっ」

ヒョロヒョロとかわすハルトを追いかけて灰は神殿の外へ出て行った。




 灰とハルトが屋外で戦っているのを不死人たちは見物していた。野次が飛んでいるのを耳にしながら私は祭壇にお祈りする。

(頑張れーっ! 灰! 我らが勇者! あんたが勇者!)

二人は長い間戦っていた。ハルトも最初はじゃれ合い程度にしかとらえていなかったようだけど、灰は元々この世界の住民で戦いに慣れてる。

彼が何回も起き上がってしつこくハルトを追い回したら異世界の青年はやっと事態を理解したらしい。私の祝福がついた灰はじりじりハルトを追い詰めていき、日が暮れる頃には戻ってきた。


「勇者さま……!」

 灰はボロボロだった。自分の力で帰って来てくれて嬉しい。私の方から駆け寄って抱擁すると灰は私の背を軽く叩いた。

「何ともない」

「強がって!」

「男は強がりたい生き物なんだよ」

「イテテ……」

三の国のハルトも戻って来て、私は思わず灰をかばう。私と灰がにらんでいるとハルトは目の前でかぶとを脱いだ。この世界で違和感のない整った顔立ちになっているものの、ハルトはやはり日本人の顔をしていた。歳は二十代だろうか?

「あー、その、すみません。俺はそんなつもりじゃなくて……」

私は弁明しようとしたハルトからプイッと顔をそむけた。ハルトは明らかにショックを受け、落ち込んだ様子だった。

「勇者さま、お休みになって」

「そうする」

祭壇の前で腰を下ろした勇者のそばに座り、私はヴェールの下からハルトをにらみつけた。ハルトはたまれない様子ですごすごと広間から去った。

私は言葉に出来ない感情がもどかしくて、灰の胸にすがってひたすら顔を伏せていた。


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