第5話-2

「スープ?」

「お兄様がまた妙なことを思いつきまして……」

 後日。エレオノーラを含む聖女たちで集まりテラスで歌の練習をしていた時、フェリ様がふと雑談を交える。勇者リベリオが不死人たちが食べられる特別なスープを作る計画を立てているそうだ。

「ユイア様が来た時点で考え自体はあったものの、いつ実行に移すか機会をうかがっていたそうなのです。確かにお兄様は昔から野戦食やせんしょくはお手の物ですし料理自体もお好きなのですが……」

「男の方なのにお料理出来るんですか?」

「戦場は男しかいないと言っても過言ではありませんから、そう珍しくはないのですよ」

「あ、なるほど……」

「ただ何故このタイミングで……ああもう頭が痛い」

「アハハ……」

フェリ様にも兄弟の悩みはあるらしく親近感が湧く。

(兄弟……。私にもいたのかな?)

「材料も含めて秘密にされてしまったので嫌な予感がするのです。兄の性格ならこの神殿にいる不死人全員に配るはずですし……」

「「「全員に!?」」」

思わずフェリ様以外の三人で声を上げてしまった。塩の国の従者を含めたら五十人はいるのに……。

(全員にって、それもう料理と言うか配給では……)

「無闇に配ると返って士気が下がることもあると言うのに……一体何を考えているのか……」

「ど、どうしてですか? お食事をお配りするのは……い、いいことでは?」

エレオノーラさんは初めて自分から質問をした。それが嬉しかったのかフェリ様はフフンと不敵に笑う。

「ではエレオノーラ、明日から全員にそのスープを配ったとします。最初に一週間配り、一日空けてまた一週間配ったとしますね?」

「は、はい」

「次に六日配って二日空けるとします。その次に五日配って三日空ける、と配る日より配らない日を多くしていくとどうなると思いますか?」

「え? えっと……」

「頭の中で配られた側になってみなさい。最初は欠かさず貰えるけれどどんどんその日にちが減っていくのです」

「え、ええと……えっと……」

エレオノーラさんは一人で物を考えた。答えを見つけた彼女はハッとする。

「あ、げ、元気がなくなります!」

「その通り!」

「よく出来ました」

聖女三人に褒められてエレオノーラはくすぐったそうだ。

「これは人心掌握じんしんしょうあくと呼ばれる術の一つで、褒美がなくともその行動をしていた者たちから褒美なしでは動けなくなるよう働きかける悪い手段なのです。戦争の捕虜に対しても行いますし、誰にでも出来てしまうのです」

「こ、怖いです……」

「狙わずとも褒美や特別なものと言うのは適切な時期に適切な量を渡さなければこうなってしまうのです。お兄様のことですし、それは理解出来ていると思っていますが……」

「で、でも。それなら、一度だけ配れば良いのではないですか? 一回なら……」

「問題はそれです、エレオノーラ。人と言うのは美味しい物を二回三回と求めるものです。美味しかったからまた食べたい、と言う自然な欲求です」

「あ……」

無闇にほどこしをしてはいけないと気付いたエレオノーラは顔を青くする。

「で、ではどうすれば……? 勇者さまにお辞めになるようお話しに?」

「いいえ、実行自体は決まっていますからこの後取れる手段は三つ。一つ、必ず毎日同じ時間に配る」

「ええ!?」

「二つ、期間を決めて何回までと公言してその回数だけ配る。三つ、一定間隔を空け特別な配り物として扱う。以上です」

「回数を、決める……?」

「五回なら五回、十回なら十回と開催回数を決めてそれ以上はやらないと明言しておくのです。今日の開催は何回目ですよ、と明言するのも忘れてはいけません」

「では三つ目の、特別な配り物とは……」

「パーティーのように定期開催にするのです。例えば一ヶ月に一回など。三ヶ月でも半年でもいいのです。適度に長い間隔を設けているのが重要です」

「な、なるほど!」

エレオノーラは表情を明るくした。

「これはお兄様がどのくらい続けられるのかと言う話にも繋がります。わたくしとしては回数を限った方が良いと思っていますが本人がどう思っているか……ハァ」

「フェリチッタ様に溜め息を吐かせるなんて罪なお兄様ですね」

「本当ですわ」


 歌の練習を終えた私たちは祭壇へ戻ろうと廊下を進んでいた。向こうから騎士ガブリエルがツカツカと歩いてくるものだから思わず聖女三人でエレオノーラを隠す。

「フン、まるで妹のような扱いだな」

「妹も同然ですわ。ご機嫌ようガブリエル様」

「ご機嫌よう薄明の聖女」

ガブリエルは私の顔を見ると右手をスッと差し出す。

「灰の聖女、手を」

(また? 一度断られたのに?)

ガブリエルは手を差し出したまま動かない。今度は引かないつもりらしい。

「……ガブリエル様が手を差し出すべきなのは私ではなくエレオノーラ様ではありませんか?」

「自分の聖女だからか? 当然そうだろうな。だが俺は貴女あなたに要求している」

「何故私に?」

「理由が要るか?」

「ええ、とても気になります」

「では、ただ握りたいだけだと言おう」

(は?)

普段見下してる相手の手を握りたいってどう言う心理? とりあえずガブリエルの言うことは何も信用出来ない。


「我が聖女に何用だ?」


対応に困っていると灰が姿を現した。

(グッドタイミング我が勇者!!)

「聖女にご挨拶をと思っただけだ」

「嘘ならもう少しマシなことを言え」

灰とガブリエルは一触即発の雰囲気で、どちらが先に出るかと言う感じだった。しかしガブリエルは灰から視線を逸らすとエレオノーラに振り向いた。

「エレオノーラ、行くぞ」

「は、はい。旦那さま……」

エレオノーラはフェリ様とオルタンスさんに惜しまれながらその場を後にした。灰は大股で歩いてくるとヴェールを一瞬めくり私の表情を確認する。

「何かされたか?」

「いいえ、何も」

「それならいいが……」

「灰の勇者さま」

フェリ様は心許こころもとない様子で自身の両手を握りしめた。

「わたくしたちはかく、ユイア様には常に勇者さまが付き添いになられた方がよいのではありませんか?」

「それは……冷静に考えればそうだが……」

何故かここのところ灰は歯切れが悪い。今までと態度が変わったのは何がきっかけだったんだろうか。

(私のツンケンした態度がやっと効いたとか? それとも元の世界の話をしたから?)

「……ユイアが嫌でなければ」

(灰がそんなしおらしいこと言うなんて)

「ガブリエル様に手を握りたいと言われたのは二度目です」

「……何だと?」

灰の体から炎の熱気が立ち上る。

(あ、ほら怒った)

灰は結構頭に血が上りやすい。元々そうなのか勇者になってからなのかは分からないけど。

「握るまで諦めなさそうな雰囲気でした」

灰はガブリエルが姿を消した廊下の先をにらんでいた。それはもう凄まじく、魔物の一、二匹その場で気絶しそうな気迫で。

(怖い顔。これが嫌だったのに、今は私のために怒ってるって分かるから気持ちが違う……。何でだろう?)

「……それならお前がどう思うかはともかく常にいた方がいいな」

「ええ、お願いします」

私の言葉に灰は目を丸くして振り向いた。

「何ですか?」

「……お前から側にいろと命じるのは初めてじゃないか?」

「得体の知れないガブリエルより怒った時ガーゴイルみたいになる貴方あなたの方がマシです」

「そ、……そうか」




 何だかんだでスープを配る日となり、私たちはお皿の準備やその他諸々もろもろに追われていた。長テーブルが用意され、人数分のお皿と机にかけるシーツと椅子が貸し出される。準備費用は全て勇者リベリオがポケットマネーで出した。

(さすが元侯爵家当主。サッと動かせるお金はあるのね)


 勇者リベリオの元へ追加のお皿を持っていくと機嫌良くお湯を沸かしていた。不本意ながら材料は先に見てしまった。ジャガイモのポタージュらしい。

「本当に私たち炊事場すいじばのお手伝いしなくていいんですか?」

「ウム! お気持ちは大変嬉しいのだが聖女の祝福がスープに移ってしまうと困るのでな!」

「そうですか……。わかりました」

「すまぬな! あ、今日は必ず勇者と一緒にいるのですぞ!」

「はい、お気遣きづかいなく」

と、言ったそばから灰登場。

「お帰りなさい勇者さま」

「ああ」

灰は厨房の手伝いを兼ねて野生の鳥を仕留めて戻って来た。

(騎士なのに猟師りょうしみたいなことさせられて不満じゃないのかしら?)

「リベリオ殿、ここに置きます」

「ウム! あとは待っていなさい!」


「本当に一人で全部準備するんですかね? リベリオ様」

「本人がそうおっしゃるのだからそのつもりだろう」

 灰に連れられ私は祭壇の前で大人しく座っている。聖女たちはいつも通り祭壇前で仕事をして、準備はほかの不死人任せ。

(手伝った方がいいと思うんだけどな……)

勇者イレネーは騎士ガブリエルとエレオノーラを見張るためそちらに出向いていて、聖女オルタンスの横には魔法使いシリルが控えている。あと、聖女フェリチッタ様のそばには従者らしき不死人が二人控えていた。

「……あの」

「何だ」

「えっと……」

まだ細々とした疑問がぬぐえていないし聞きたいことは多いけど、改めて質問にするのもどうなのだろうと言うものも多い。

(元の世界に帰れる方法ありますか? なんて言ったらまたやる気がないとか思われそうだし……。聖女って修道女と何が違うの? とか当たり前の質問すぎて嫌がるかもしれないし……)

「……や、やっぱりいいです」

灰は言いよどんだ私を見ると目の前に来てひざまずいた。

「ユイア、手を」

「え? ええ」

右手を差し出すと灰は両手で優しく私の手を包み込んだ。

「俺は他の勇者に比べたら至らぬとは思うが……それでもお前の勇者だ」

勇者は黄昏たそがれ色の瞳で私を見つめる。

「お前が死ねと言えば死ぬし、竜の首が欲しいと言ったらってきてやる。遠慮はいらん。質問したいならしろ。欲しいものがあるなら言え」

灰はどこで変わったのだろう? 彼の言葉を聞きつつも私はボンヤリとしてしまった。

「ユイア」

「え、あの……はい。ありがとうございます」

「先程言いかけたことは何だ?」

「え、ええと。質問したいことがまだあるのですが、上手く言葉に出来ませんでした。それだけです」

「いつでも聞く」

「は、はい。ありがとうございます……」

(なんか調子狂うなこう言う灰は……)


 スープがいよいよ配られるとのことで祭壇周りはほんの数人で警備を交代することになった。で、まあスープを貰うのは最後でいいかなと思っていたのだが勇者リベリオは真っ先に私と灰を呼びに来た。

「さあさ! 遠慮せず!」

「は、はい」

(視線が痛い……)

不死人たちはそれはもうスープと私に興味津々。

(お願いだからこっち見ないで……。って言うかどんどん貰いに来なさいよ!)

すると横から灰がスープを貰うと共に私の肩を抱いて来て……。

「リベリオ殿」

「ウム?」

「このもよおしは今回だけでしょうか?」

(上手い! みんなの気がこっちに向いてる時にその質問!)

「ウム! 来月も開催しようかと思っているがきちんとした約束は出来ぬでな。我々もいつついえるか分からぬし。ワハハ」

(そう言うことをチャラッと……。本当ではあるけど……)

「なので期待せず待て、と言うところであるな」

「左様でございますか」

「さあさ! ほら、皆の者も取りにおいでなさい!」


 灰の機転で上手く視線から逃れた私は広場の低い階段に腰を下ろしてスープを味わった。

(おいっ……しい〜! 染みる〜!)

言ってしまえばジャガイモをすり潰しただけのもの。それでもこの世界に来てやっとまともな物を食べた感じがして私の胃と心は底から満たされた。私がベールをめくって視線も気にせず飲んでいたからか、灰はスープをパクパク口に入れる私をじっと観察していた。

「なんれふ?」

「俺の分も食うか?」

「何言ってるんですか早く食べてください美味しいんですから。冷めますよ?」

灰はまだ私の顔をじっと見ていたが皿を黙って差し出した。

「俺は次を貰ってくる」

皿を交換しろと言う意味でもう片方の手を差し出され、彼も温かい方が食べたいんだろうなと遠慮なく二杯目をもらった。


 丸々二杯ペロッと食べた私は満足して灰と一緒に祭壇に戻った。

「いやぁ、美味しかった……」

「芋が好きなのか?」

「特にそう言う訳では……。リベリオ様の味付けが上手だったので美味しかったんだと思います。こっちにもコンソメ味ってあるんですねー。お醤油はさすがにないかな……」

和食が恋しくなったけど、スープで満たされた私は自分の両頬を何度もさすってしまうくらい余韻を楽しんでいた。

「あー美味しかった。また食べたい……」

この時灰はムッとしていたのだが私はそれに気付かなかった。

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