第二幕

第4話『偽りの聖女』

 やっとここに馴染めたと思ったら聖女をかたる人が出てきて、私はもうにっちもさっちもいかない状況を嘆いている場合じゃないと、聖女も勇者も関係なく知らないことはとにかく聞くことにした。


「勇者と不死人の違い? 聖女の祝福を受けているかどうかだ」

 灰は祭壇の前で武具の手入れをしながらそう答えた。

「そうなんですか?」

「聖女の祝福は勇者として選ばれた者にしか作用しない不思議なものでな。勇者は特別な祝福により本来持つ力とは別の物を与えられる。勇者がいつの時代も異様に強いのはそのためだ」

「へえ……」

(特別な祝福って何だろう? 敵のHPが見えるとか?)

「特別な祝福とはどのような物なのですか? 勇者さまにそのような祝福を与えた覚えはないのですが……」

「ん? ああ、勝手に与えられる物だからな。覚えがないのは当然。……説明しがたいがいて言うなら……」

灰は一度作業する手を止めて考えた。

「死に近づくほど強くなる、と言う物だろうか。それだけではないが」

(体力が削れると攻撃力が高くなるバフ?)

「他には?」

「死んだと思っても踏みとどまったり、あとは……」

(体力がごっそり削られた時HPが一だけ残るやつ……)

灰は私の顔をじっと見た。

「何ですか?」

「……いや、これは伏せておこう」

「ええー」

「お前を経由してかたりに筒抜けになったら困るからな」

「まあ、確かに」

「……いつものようにねんのか」

「何かおっしゃいまして?」

「いや、何でもない」

灰は手元の作業を終え、携帯する装備の数を決めるとポーチに補充していく。

「お出かけになるのですか?」

「いや、祭壇を空けたくないから今日は外へは行かん。……邪魔か?」

「勇者さまが祭壇を見張ってくださるなら歌の練習が出来てひじょぉ〜に楽です」

「そうか。散歩するならいつも通り、聖女たちと歩けよ」

「はぁい」


「こ、このような場にお招き頂けるとは……」

 私たちは聖女三人でエレオノーラさんを誘い、歌の練習をしようと二階のベランダへ集まった。

「まずは発声練習からしましょう。それから鏡の国の聖書を読んで、歌があれば同様に練習を」

「は、はい……」

エレオノーラさんはヴェールを被っていても顔面蒼白がんめんそうはくで震えているのがバレバレだった。だがそんな彼女にフェリ様はそっと優しく触れる。

「そんなに緊張しないで、ね?」

エレオノーラさんは申し訳なさそうにフェリ様から顔を逸らしていた。


「アー……」

 聖女たち三人が高音を出し合い、いつも通り練習を始める。敬意を表して薄明の国から順に歌い、灰の国まで歌って、エレオノーラさんの番になる。

「あ、あの……じ、実は歌はほとんど出来なくて……」

「大丈夫です。私もここへ来て初めて真面目にやったので」

「え?」

「ねえ? お二方?」

「ええ、ユイア様は懸命けんめいに練習なさって素晴らしい歌を祭壇へ捧げました」

「はい! ユイア様はとっても頑張りましたよ! それにとても綺麗なお声なのです!」

(て、手放しで褒められると照れる……)

「そ……そうなのですか?」

「はい。灰の国は聖女を育成する機会を長らく失っていて、フェリ様とオルタンス様に教えを頂いたのです」

「そ、そうですか……」

「だからエレオノーラ様も大丈夫です。きっと出来ますよ」

「は、はい。最善を尽くします」


 発声練習を何度かして、いざ聖書から歌を探し始める。それは火の聖書同様最後の方のページにあり、音符は規則正しく並んでいる。

「やはり鏡の国にも聖歌はありますね」

「ええ、どこの国にもございますが我々のものとはまた毛色が違いますね。鏡の国は……太陽の光を信仰していらっしゃるのですね」

「あら、では薄明の国と主題が近いのでは?」

「そのようです。頑張りましょうねエレオノーラ様」

「は、はい」


 祭壇へで戻ると不死人たちはそれぞれに朗読を待ち望んでいた。

「お待たせして申し訳ございません皆さま」

「本日は趣向しゅこうを変えまして、皆さまの前で聖歌を披露しようと思っております」

「おお、本当ですか?」

「直に聞けるのは嬉しいです」


 エレオノーラさんはフェリチッタ様のそばで補助をする形で祭壇への立ち入りを許可された。灰やリベリオさんは鎧の下で渋い顔をしていると思うが、まあ任せてと私たちは彼らをなだめる。

「ご静聴ください」

 聖女たちはそれぞれの祭壇の前に立ったまま発声で声を合わせ、歌い始める。


「“おお、我らの太陽よ。夜明けに生まれた子を招きに来てください。遠く日の差さない国にも訪れてください”」


「“尊き竜よ、どうぞ山を越えて我らに息を吹きかけてください。私たちは何よりもそれを望みます”」


「“ああ、人の魂たる炎。神より分けられた初めの力。いつか灰となる私たちを訪れてください”」


 三曲分終えると不死人たちの視線は自然とエレオノーラに集まる。彼女は聖書を持ったままガタガタと震えていて、フェリ様がすかさず彼女をかばう。

「本当は鏡の国の聖歌も披露したいのですが、エレオノーラ様のお調子がかんばしくないのでしばらくはわたくしたちとこうして歌に慣れて頂こうと思っております」

「本当ですか?」

「んー、まあ、フェリチッタ様がそうおっしゃるなら……なあ?」

「そうだな」

エレオノーラはほっと胸を撫で下ろしていた。




「何を考えている?」

 祭壇の見張りを勇者リベリオに任せた灰は私を連れてベランダへ出ていた。

「何がですか?」

「偽物に歌を教えてどうする」

「フェリ様のお考えです。耳を」

灰に顔を近付けるよううながし、私は両手を口元へ持って来て声を落とす。

「フェリ様はエレオノーラが緊張で何も喋れなくなるより、心を開いてポロッと事実を話してくれるのを待っておいでです」

「あの女を飼い慣らす気か」

「その方が穏便おんびんにいくはずだと」

「ふむ……」

耳打ちをやめ距離はそのままで私はそっぽを向く。

「あの震え方は演技ではなく本物です。私も彼女を追い立てるのは返って状況を悪くすると思います。オルタンス様もきっと同じ考えです」

「聖女たちは全員納得していると?」

「はい」

灰は中空を見つめて考えにふけった。

「……ところで」

「はい」

「明らかにお前の態度が変わったが、何があった?」

「え? あー、ああ。ええと」

人差し指を頬に添えた私はこの数日で変わってしまった自分の状況を話した。

「偽物のおかげで自分が本物だと言う自覚が出たのです。ろくに飲み食い出来なくても手が常に温かいのも事実ですし。どうにもならない状況は変わってませんがこれからは自分の能力を最大限に使おうかなと」

「……なら、真夜中にすすり泣くのもやめるか?」

「え!? 知ってたんですか!?」

「真横で泣かれたら聞こえるに決まっている」

抗議の意味で握り拳を灰の腕に叩きつけると彼はビクッと体を震わせる。

「知ってたなら一言ぐらいなぐさめてくれたっていいのにアンタって人は……」

「す、すまん……」

溜め息をついて、私は勇者をにらむ。

「あなたは一言足りなくて一言余計です」

「ウッ」

灰は胸を押さえて体を折った。灰もそんな反応するんだ、と思わず吹き出す。

「反省してください」

「……すまん」

「まあ、いいです。今の反応が面白かったので許します」

私が笑うと灰は胸を撫で下ろしたようだった。




 灰と腕を組んで祭壇へ戻ろうとすると廊下に立ったまま動かない魔法使いシリルを見かけ、何だろうとそばへ寄ってみる。

「シリル様」

「しっ」

シリルは私たちを手招きすると、本来なら祭壇や水盆を置くスペースである半円にくぼんだ壁の前で並び立つよう指示する。

「……灰の聖女は本物だったけど……」

(あっ、いない人たちの話が聞こえる!)

灰もすぐ会話に気付いて腕を組んで耳を澄ませる。

「鏡の国はかたりだろ」

「そう思うが、フェリチッタ様があの対応だろ? 本物かも……」

「馬鹿言え。あの女に近寄ったことあるか? 絶対偽物だって」

「何でだ?」

「寄ればわかるよ寄れば。それより次の……」


 ある程度話を聞いたシリルさんは私たちを手招いてその場を離れる。

「あの壁は広間にいる人の声が集まる場所なので、立ち聞きが出来る。のです」

「そうだったのですね」

「闇魔法、ああいや。魔女ビルギットがあの壁の前で貴女の朗読を聞いていて、試しに同じ場所へ立ったらよく聞こえたのです。時々使っています」

「ビルギットが?」

「最近はお近くで聴くようになりましたね」

「ええ、そうですね……」




 真夜中に目が覚めた私は椅子の上で伸びをした。

「んー……ハァ」

灰は祭壇近くの壁に寄りかかって眠っている。気まぐれで彼と祭壇の間の狭い隙間に体を挟み、ホワァとあくびをする。

(ロナルド様は今日もいらっしゃるかしら?)

いくら紳士とは言え素性が分からない男と密会を重ねるのもどうなのだろうと悩み、結果行かないことに決めて灰の肩に寄りかかる。

(一言余計で一言足りないのは本当だけど、私を守ろうとしてるのも本当だし、それに……)

勇者をかたる騎士ガブリエルを思い浮かべながら隣の灰と比べる。

「“祭壇など。新しく作ればよかろう”」

(あんな尊大で敬意の欠片すらないガブリエルよりよっぽどマシ)

「──……」

(ん?)

誰かの話し声が聞こえた気がして私は耳を澄ませる。

「……か。……」

(よく聞こえない……)

声の主を探そうと腰を浮かせると、目覚めていた灰が頭を上げた。

(あ、起きてる)

灰は私の腕を優しく掴んで引き留めると、ポーチから取り出した指輪を私の右手にはめる。

「何これ?」

「しっ」

灰は同じ物を取り出すと自分の右手にはめ、立ち上がる。いつもならガチャガチャとうるさい鎧の音がなくなっていて、私はおおと感心する。

「余計な音を消す魔道具ですか?」

「そうだ」

灰と一緒に広間に頭を出すと、会話はさっきより鮮明になった。

「……の調子で聖女……教えをえ」

(ガブリエルの声だ)

「あとは…………」

(聞こえない……)

「……たな?」

「はい、旦那さま……」

(エレオノーラ、悲しそう……)

「……ふむ」

灰は私を祭壇前へ連れ戻すと指輪を回収する。

「どうします?」

「様子を見る」

「……わかりました」

「また寝て朝に備えろ」

「えー」

「嫌か」

「こう言う時本当なら散歩したいですが、祭壇が……」

「……誰か起こすか?」

「いえ、そこまででは……」

私はハァと溜め息。

「この場にロナルド様が来てくだされば……」

灰は何故かビクッとしたが、ふとあごに手を添えて何か考えた。

「その手があった」

「え?」

「しばし待て」


 祭壇前でしばらく待つと灰が戻って来て、どうしたのかと聞く前に彼は祭壇横に腰を下ろして寝てしまった。

(私をほっとくなんて! 結局何も変わってな……)

だがそのあとすぐにロナルド様が顔を出す。

「ユイア様」

「まあ!」

手を、と右手を差し出されたので嬉々ききとして握り、私はロナルドさんのふところに寄り添った。

「お会いしとうございました」

「こ、光栄でございます。よければ散歩でも」

「ええ、是非」


 ロナルドさんと腕を組み神殿内を散策していると、廊下の隅で一人泣いているエレオノーラを見つけた。

「エレオノーラ様?」

彼女はビクッと体を震わせると青い顔をして私たちに振り向いた。

「あ、ユ、ユイア様……」

「どうしたのこんな場所で……」

「わ、私……」

「しー、しー……」

近付いて優しく引き寄せ、彼女の背をさするとエレオノーラは雨に打たれる子猫のように震えていた。

「大丈夫、大丈夫。何も聞かないから」

ロナルドさんにも何も言わないでと口の前で人差し指を立てると、彼は渋々ながらも頷いてくれた。

「エレオノーラ様、よければ少し歩きましょう」


 エレオノーラをベランダへ連れて行った私はロナルドさんにベランダへの入り口を見張ってもらい、隣に腰かけたエレオノーラの涙をハンカチでぬぐう。

「ここなら泣いても大丈夫」

「私……」

エレオノーラの手を握り落ち着くまで待っていると、彼女は貸したハンカチをたっぷりらして話し始めた。

「私……聖女ではありません……」

(一日経たずに吐くとは……。フェリ様の慧眼けいがんはさすがね)

「知ってるわ」

「え?」

「フェリチッタ様が一番最初に見抜いていらしたの」

「そ、それならどうして……」

貴女あなたは震えてたし、何か事情がありそうだったから。みんなで追い出すようなことはしないって決めたの」

「そんな……私はそんな優しい方々をだまして……。ウッウッ」

「あーあー……」

またビショビショと泣き出した彼女の背をさすっていると、エレオノーラはだんだんと落ち着く。

「ユイア様の手温かい……」

「え? ああ、そうみたいね」

「みたい?」

「自分が聖女だってついこの前まで信じてなかったの」

「え!? な、何故ですか!?」

「成り行きで聖女になっちゃったから……」

「成り行きでなるものなんですか!?」

「なるしかなくて……アハハ」

異世界から来たことは伏せて私の事情を話すと、エレオノーラは大層驚いた。

「は、灰の国のように突然聖女が生まれる場合が……?」

「あるみたい。ガブリエルはそれを狙ったのね。実際にある話だから利用出来ると考えたのでしょう」

「うう、なんて罰当たりな……」

「本当よね。でも彼は何故そんなことを?」

「わ、分かりません。でも協力しないとまだ生きている私の家族を殺すと言われて……」

「最低な奴ね」

そんなのが貴族なのかとこめかみを押さえる。

「事情は分かったわ。今日はとりあえず戻ってガブリエルに従順な振りをしておきなさい」

「でも……」

「……戻りたくない?」

「はい。でも……ユイア様のおっしゃる通りにします……」

「いい子ね。明日聖女のお二人にも話しましょう」

「は、はい」


 エレオノーラを途中まで送り、祭壇前の広間まで戻ってきた私はドレスのすそを持ってロナルドさんにお辞儀をする。

「ありがとうございました」

「いえ、お役に立てて何よりです。ところで……」

「はい」

よろしければ、の涙を拭いたハンカチを頂いても?」

ロナルドさんが殺気立ったところは初めてで、ゾッとすると同時にこの感じは灰に似ていると感じ取る。

(何で? 瞳の色も声も違うのに?)

「え、ええ……どうぞ」

「ありがとうございます」

ロナルドさんはハンカチを受け取ると下履きのポケットにしまい、「では」とその場を後にした。

(こ、怖かった……)

さっさと眠ってしまった灰の隣に腰を下ろすと私の頭は眠気に誘われる。

(なんか疲れちゃった……)

 私から見えない廊下へ移動したロナルドはハンカチを強く握る。すると布がメラメラと燃え出し、灰になっていく。

「偽物の分際で……聖女の持ち物をけがすとは」

暗がりで仮面を取ったその声は灰そのものだったが、眠ってしまった私の耳には届かなかった。

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