第3話-3

「思い出しました」

「はい?」

 朝一番に魔法使いシリルが祭壇に顔を出した。

「貴女の声です。結晶の国にとあるご令嬢がいて、彼女とよく似ています」

「あ、ああ。どこかで声を聞いたことがあると言うお話の続きですね?」

(突然何かと思った……)

「もしや、背格好も似ておりますか?」

「はい、非常に。お顔を拝見出来ればより正しく確認出来ると思います」

「ええ、是非」

自分でヴェールを持ち上げてシリルだけに顔を見せると、彼は少しかがんでじっと私を観察してからフムと頷く。

「非常に似ています。瞳の色は違いますが」

「そうですか」

(じゃあその人の姿なんだろうな……)

「その方はどのようなお方なのですか?」

「彼女はアニエスと言う名で、ある伯爵家のご令嬢です。歳若くして影の国へ嫁いだと記憶しています。以前伯爵の屋敷にお邪魔して彼女の兄君に結晶魔法の指導をしたのでその時に会いました」

「あらまあ」

「世には三人同じ顔の人間がいると言いますし、貴女の場合もそれでしょう」

「そ、そうですね」

(異世界人にそれはないと思う……)


 さて、歌の練習をしようと聖女同士で集まった時だった。不死人たちが騒がしくなり、神殿に入って来た男女を取り囲む。

光をよく反射するピカピカに磨かれた緑がかった銀の鎧。

腰に双剣を差した彼の後ろには顔を白いヴェールで隠した若い女性がいる。細かいレースで仕上がったドレスは灰の国から与えられた私のドレスによく似ている。

どよめきが大きくなる中その騎士と女性は祭壇の前へ真っ直ぐに向かってきて、灰とリベリオさんとイレネーさんは彼らの進路をふさぐ。

(な、何この物々しい雰囲気……)

「灰の国から聖女が出た話はまことだったようだな」

騎士はそう言うと灰の間合いに入りギリギリまで顔面を近付ける。

「灰の勇者はお前か」

「そうだ」

「そうだ? 俺を誰だと思っている? 公爵こうしゃく家の跡取りだぞ。勇者同士とは言えそんな口を聞いていいと思っているのか」

(爵位の一番上!? 王族の近親じゃない!!)

「ユイア様」

「はい!? 何ですかフェリ様?」

「しっ、声を落として」

フェリさんは私の腕を引き寄せると声をさらに落として耳打ちをする。

「あの声と話し方は鏡の国のガブリエル様だと思います」

「鏡の国?」

「はい。オルタンス様?」

「はいフェリチッタ様」

「あの方に見覚えはある?」

「はい。ガブリエルと言う方ご本人かは分かりませんが、フェリチッタ様のおっしゃる通り鏡の国の騎士です。鏡の国は緑がかった銀の鎧が特徴なのです」

「そ、そうなんですね」

「やはり。鏡の国に聖女はいないはずなのに何故……」

「聖女がいない? でも後ろには確かに……」

白いヴェールの女性は騎士の後ろで大人しくたたずんでいる。

「ええ、女性がいますね。彼女に近付けばユイア様にもお分かりになると思いますよ。わたくしがた限り彼女は神の祝福を受けた聖女ではありません。不死人です」

「え?」

(聖女をかたってるってこと? でもそれは聖女と祭壇への侮辱ぶじょくになるんじゃ……)

「ユイア様も混乱なさっていますが、よくない事態だと言うことは把握出来ていると思います」

「は、はい。いくらなんでもかたりは……」

「……ここはお兄様たちに任せてわたくしたちは祭壇の守りに集中しましょう」

「後ろの女は?」

「聖女に決まっておろう」

「鏡の国に聖女はいないはずだ」

「現れたのだよ。鏡の国にも祝福が来たのだ。そうだなエレオノーラ?」

「は、はい。旦那さま。おっしゃる通りでございます」

白いヴェールの下でエレオノーラと言う女性はそう答えたが、声は震えていた。

「そこを通してもらえるか? 祭壇と聖女に挨拶をしなくては」

「祭壇のない国にその資格はない」

「祭壇など。新しく作ればよかろう」

とても敬虔けいけんとは言えない態度に灰はかたりだと確信したようだが、勇者リベリオが彼を引き留める。

「まあまあ、本当に新しく出たのかもしれぬ。祝福が増えることは喜ばしいことだ」

「ほう、さすが薄明の国。話が通じて何よりだ。エレオノーラ」

「は、はい。旦那さま」

「聖女へ挨拶を」

「は、はい」

エレオノーラは震える手を握りしめて勇者たちの横を通り、私たちの前へやって来る。ドレスのすそを持って膝を落とし、お辞儀をする姿はぎこちない。

「初めまして尊き方々。え、エレオノーラと申します。以後お見知り置きを……」

(ん?)

フェリ様が近付けば分かると言った意味はすぐに理解出来た。これまで無意識に受け取っていた感覚。

聖女と言うのは近付くとホワワンと温かく、心がやわらぐような気配を発している。フェリ様もオルタンスさんも。でもこれだけ近付いてもエレオノーラからはその温かさを感じず、ただの不死人のように温度を感じなかった。

(あ、本当だ。聖女じゃない)

「……薄明の国のフェリチッタと申します。エレオノーラ様。こちらは結晶の国のオルタンス様。こちらは灰の国のユイア様です」

フェリ様はこの場で事実を伏せることにしたらしく、エレオノーラを歓迎する。私とオルタンスさんはそろって挨拶をし、エレオノーラさんはほっと胸を撫で下ろした。

「よ、よろしくお願いします」

「フン。ほらな? 本物であろう?」

勇者リベリオや勇者イレネー、灰は顔を見合わせると鏡の国のガブリエルから二、三歩離れた。

「だとしても祭壇はねぇぞ」

「無論知っている。神殿の中には古きに使われていたどこの国のものでもない祭壇がある。そこを使わせていただこう。エレオノーラ!」

「は、はい!」

「二階の祭壇へ行くぞ」

「はい、旦那さま! ご、ご機嫌よう」

エレオノーラは早足でガブリエルの元へ向かうと歩き出した彼を追いかけた。


 勇者たちは聖女三人の元へ戻って来ると声を落とした。

「フェリ! どうかしているぞ!」

「鏡の国のことですから、我が国と結晶の国に対する挑発でしょう。相変わらずですこと」

「そこまで見抜いていて何故黙った? 面倒くせぇことになるぞ」

「様子を見ましょう。女性は不死人です。聖女ではありません」

「そうでしょうね。気配がない」

「あの、勇者さま達にも聖女の気配は分かるのですか?」

「そりゃあよ」

「ウム。特に手を取ればよく分かる。どの聖女ものように温かいのだ」

「リベリオ殿のおっしゃる通りです。もちろん伝承にもっています」

(へー、そうなんだ)

「わたくしの考えでは、鏡の国は火の祭壇を狙ったのだと思います。しかし今回はユイア様が現れて、計画が台無しになったはずです」

「ウム。そこは同じことを考えていた。灰殿、ユイア殿。いま以上に警戒した方がよいぞ。祭壇は空けぬように。全員で協力して見張らねば」

「皆さまのご協力があれば怖いものなどありません。ですが十分に警戒しておきます」

(こわ……)

「……大丈夫かユイア」

「へっ」

初めて灰に名を呼ばれて驚いた。いつも「おい」とか「お前」しか言わないから。

「だ、大丈夫です。気を付けます」

「必ず聖女と一緒にいろよ。かたりの女とは話すな」

「いいえ灰の勇者さま。むしろ簡単に近寄らせて話を聞き出す方がよいと思われます。大丈夫です、このフェリにお任せを」

「……では、ユイアをよろしくお願いします」

「ええ、もちろん。オルタンス様も協力してくださいね」

「はい! 喜んで!」

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