万物創 制成と違法娼家


 入り口に強固なセキュリティ──なんて、ない。このビルにたどり着くこと、それ即ち"こちら側"の人間。そう証明できるほどに、その施設の秘匿性は高かった。

 一見するとただの雑居ビル。事実、飲食店や塾、一般企業が入っている。しかしそのうちの一つはここで営まれる違法娼家の隠れ蓑。隠し扉を通ると、間取り図にはない部屋へと繋がる。


「いらっしゃいませ」


 薄暗いロビー。カウンターで免許証を提示し、適当な女を指名。

 寺田 直也。オートマチック限定、それだけのありふれた免許。見た目は悪くない──ように見えるが、似合わない七三分けとダサい太縁メガネで台無しだ。

 一番高いコースを選択し、前払いする。


「それでは、暫くお待ちください。ごゆっくりどうぞ」


 部屋はいやに広く、様々なアルコールまで用意されている。しかしそれらには手を付けない。何が入っているかわからないし、そもそも仕事中だ。彼は酒に呑まれるタイプではないが、僅かでもパフォーマンスに支障を来すことがあってはならない。

 数分後、指名した女がやってくる。

 彼女は、女性と呼ぶには些か幼かった。少女と言ったほうがしっくりくる。

 と言うのに、こんなところで働いているなんて。しかもネグリジェから見える肌は至るところが青く、腕には注射の跡。目は虚ろで、まるでビー玉がはめ込まれているようだ。


「こっちおいで」


 直也が手を招くと、少女は返事も頷きもしない。ただ黙って、歩み寄る。


「ちょっとおとなしくしててね」

「……?」


 直也はボストンバッグから黒い棒状の機械を取り出す。それを金属探知機のように彼女の全身にかざすと、数秒おいてインカムから「うげ」と声が漏れる。


『ひどいねこれ。病気二つ、薬物中毒、打撲いっぱい。骨折れて治りかけのとこもあるヨ』

「はぁ……」


 直也はメガネを外し、思わず頭を掻きむしる。乱れた髪の奥で鋭く光る眼差しは、それだけで人を射殺せそうな程に尖っていて──


「……ほわ」


 かつ、バチボコに鬼ほどイケメンであった。

 それは、感情を失ってすらいそうだった少女の瞳に生気が宿るほどに。


「あ、あの、お客さん……今日は……」

「ああ、君は何もしなくていいよ」

「えっ……」

「これでも食べな」

「あ、はい、どうも……」


 直也のバッグから、何故か楊枝に刺さったカットりんごが出てくる。しかも、今切ったばかりかのように綺麗な色で。

 直也は眼鏡をかけ直し、辺りを見渡す。傍から見れば部屋の中を観察してるだけに見えるが──


「スタッフが22、客が8、女性が25」

『数えるのはや。数多くない? しかも女のコは保護するんでしょ? やっぱりPがそっちだったんじゃないかな』

「Pは雑だから。建物ごと吹き飛ばしちゃうかもしれないでしょ。」

『否定できないね』

「大丈夫、僕一人で何とかなるよ」


 直也がタブレット端末を操作すると、バッグの中から今度は赤い球体が五つ出てくる。球体は宙に浮き、それぞれが自立して動く。

 三つ球体はドアに近づき、先頭の一つが熱線を照射。ドアに丸い穴を開ける。


「え、これ……? ……?」

「大丈夫、君たちに危害は加えないよ。ちゃんと家に……まぁ、君も……」

「?」

「うん、まぁ……大丈夫だから」


 球体のうち三つが廊下に出たころ、残った二つは左右の壁に熱線を照射。隣の部屋への小さな通路を確保する。


「……えっ? お、おい! なんだこれ!?」

「はっ? あ!?」


 両隣の客はどちらもお楽しみ中だったらしい。球体はそれぞれ速度を上げ、客の鳩尾に体当りする。

 ボディに重い一撃を貰った二人は蹲り、小刻みに震えている。


「あっ、そういう……」


 直也はタブレット端末をバッグにしまうと、少女の手を取る。


「さ、行こうか」

「で、でも……」

「大丈夫。」


 廊下に出ると、ドアや壁のあちこちに焼切られた穴が。その中から時折重い殴打の音と、うめき声が聞こえる。直也はそれぞれの部屋から女性を連れ出し、時折ボーイが宙を舞う廊下を優雅に闊歩する。

 バックヤードについたとき、そこに居たのは倒れる数々のボーイと五つの球体、そして身を寄せ合って震える女性達。


「行きましょう。荷物がある方は忘れずに」


 施設の裏口はこういう時のための逃げ道。人気のない道に出てくれるから好都合だった。

 予め溶接しておいたその扉に球体の熱線で穴を開け、保護対象を誘う。出てすぐ、フォルクスワーゲンのタイプⅡが停まっていた。


「はーい皆さん、乗って乗って〜」


 後部の窓がすべてスモーク加工されたそれから出てきたのはヨーロッパ風の顔立ちの女性。先の通信の話し相手だ。

 少々定員オーバーの保護対象を車に詰め、直也も助手席に乗り込む。


「おつかれ」

「大した仕事じゃないよ。りんごちゃん出すだけだったし」

「ほんと優秀だよね、それ」


 りんごちゃん。彼が開発した球体型のドローン。搭載されたカメラは物体の解析から人物の認識まで可能。熱線による通路の確保、高速移動の体当たりという攻撃手段、及びそれを可能とする強度も有している。


「そこの服、適当に着てね〜」


 寺田直也、勿論偽名である。

 彼の名は万物創 制成ばんぶつそうおさなり。天才プログラマーにしてメカニック。どんな物でも創り上げてしまう。猛の着用する"着痩せする"トレンチコートも彼の制作物だ。ちなみにりんごが大好物。


「タケシの方も終わってるだろうし、帰ったら宴だね!」

「まだもうひと仕事残ってるよ」

「タケシに頼めば良くない? で、アタシらは飲んで待ってようよ」

「だめ。早く出して」

「はいはーい」


 間もなく警察のガサ入れが入る。

 大勢を乗せたバスは、夜の街へと消えた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パワー系探偵・激烈剛寺 猛の解決譚 新木稟陽 @Jupppon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ