第十膳 『とっておきのデザートをキミに』(回答編)

「この吉野葛が美味しいんだよね」


 僕は箸できららと光る葛切りを一本持ち上げた。

 樹液のように輝く黒蜜を纏い、絹のようになだらかに垂れている。

 原材料は奈良県産の本葛と鹿児島産の黒糖だけというシンプルなもの、材料のポテンシャルを最大限に引き出した究極の甘味といっていい。


 僕と彼女の前に置かれた器を見る。僕の皿は小サイズ、彼女の皿はヘビー級。

 葛切りは少量をちびちび頂くものだなんて、みみっちいことはいわないでくれたまえ。それは大食漢の彼女にも失礼だ。


 今日は開店一周年を記念してのスペシャルメニューの品評会もかねて来てもらっているのだから。心行くまで食べてもらいたい。そして一番の賞味はやはりグルメな彼女の任せたいと思う。


 二人きりの静かな店内で彼女がかくかくと首を揺らして、


「クルッポー」


 うん、これも忘れないね。大事だよ。にっこり微笑んでいただきます。


 彼女がつううっと1本すすると葛切りの切れ目が小気味よく跳ねあがり、黒蜜が宙に舞った。宝石のように輝く。そして間もなく喉に滑りくるのは葛切りのひんやりとした冷たさと黒糖由来の上品な甘みだろう。


「オイシイ!」


 彼女は目をきらきらさせている。僕はよかったと胸をなでおろす。


「自信なかったんだよ、美味しいけれどこの星の人の味覚に合うかどうか」


 その言葉は複雑すぎてどうやら伝わらなかったらしい。もしくは無視しているか。彼女ってそういう情のないところがあるんだよねと吐息する。

 分かりやすくていいけれど。


 彼女はマッハの速度で大量の葛を啜り上げると大きく器を両手で頭上に掲げた。


「はいはい、お代わりですね」


 そう返事して僕はカウンターのなかに用意していたお代わりの葛と黒蜜を注ぐ。大丈夫、馬に喰わせるほどある。

 風流ってないよなと思いながら。

 自身も食べようと箸を握る。


 すっと口に運び、つるっと上品にすすると夏の香り。故郷の地球のなつかしさが込み上げた。


「オイシイ!」


 どうして彼女の真似ごとになってしまうのだろうと思いながら。

 少なくとも僕は彼女に影響されていた。美味しそうに食事をする彼女に大きく影響されていた。きっと最初に会った時から、僕は。


 料理を作って美味しく食べてもらうこときっとこれが僕の幸せなんだ。

 ようやくそのことに気づきかけている。


 道行く銀色宇宙人たちに視線を伸ばすとみんな幸せそうにしている。日常に不満を垂れている者なんていない。それがきっとこの星の良さだ。

 地球ではいいこともあったけれどイヤなことも多かった。

 それから解放されるとこんなに心地いいものか。

 案外悪くない星だねと僕は独り言ちた。

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