第四膳 『餃子と共同作業』(回答編)
コノ男、ナニヲニタニタ笑ッテイル。ギョウザダト! ナンダソレハ!
センジツノ、シチュートイウ食ベモノニ続キ、マタ空腹ヲ満タス料理トヤラヲ食ベサセヨウトシテイル。
餌付ケスルツモリカ。カバトヤラノヨウニ餌付ケスルツモリカ! ダガコイツハ暢気ニモ、ワタシノ目論見ニ気付キモシナイデイル。
餌付ケサレテイルト見セカケテコレハチャンスダ。美味ソウニ飯ヲ喰ライ、アイツヲ懐柔サセテキナフ本星ニ連レ去ル絶好ノチャンスダ。
決行スルノハイツガイイダロウ。機ヲ窺ワネバナラン……
◇
「餃子ってさ、作ったことあるかな」
「ギョウザ……」
どうやら彼女は餃子を知らなかったらしく黙り込んでしまった。餃子を知らない……。知らなくても別にいいけれど。カレーも知らない、シチューも知らない、餃子も知らない。じゃあ、彼女っていったい。彼女の国っていったい。
「あのさ、キミの国どこって聞いちゃいけないかな」
彼女ははっと瞳を開きそして、ぼそぼそと口にした。
「スゴク遠イ所」
そうかあと相槌を打ち、僕も黙る。もしかすると具体的に言及したくないのかもしれない。僕はふいに出会ったときのことを思い出した。初日に見たあの清らかな涙、心を痛め相当落ち込んでいる様子だった。きっとのっぴきならぬ深い事情があるのだろう。
年は17、8くらいのロングの茶髪のほっそりとした少女だ。日焼けた顔からは東洋の香りを放ち、一見可愛いけれどその奥底にアメジストのような魅力を秘めている。
そしてまさかのその幻想を打ち壊すような大食漢。餃子の皮はきっと一袋では足りないだろうと大判サイズを二袋用意した。
「餡はさ、作っておいたから二人で包んでいくんだ。分かる? 包む、だよ」
パオパオといいながらジェスチャーしてみせる。彼女はそれを理解したらしく、皮を一枚手に取った。
オーソドックスだが餃子の餡には牛豚の合いびき肉を使っている。塩もみした白菜と手抜きするために生姜とニンニクのチューブをふんだんに。細かく刻んだニラを入れて、湯戻しした春雨を入れて食感をよくしている。
餡は限界までたっぷりとが合言葉。見本を手際よく作るとそれを彼女が真似始めた。慣れない手つきでひだの数まで合わせようとしているがそこまでこだわらなくていい。ひだが一つ二つ減ったところで餃子は餃子だ。
時間をかけて凸凹に完成したギョウザは全部で60個。少々破れているのはご愛敬だ。これをこれから焼いていく。餃子を焼くのは案外難しく、だから僕がやるつもりだったけれど、彼女が積極的にコンロに立ったので僕はサポートに専念しよう。
まず、少量の油をフライパンにひき、並べ終えると水を入れふたをして蒸しあげる。真剣な目の彼女は待てないのかそわそわと蓋をあけている。だが、蒸気が逃げるからなんて無粋なことはいわない。商売じゃないのだ。楽しく焼けばいい。
皮が透き通ると蓋を開けて、蒸気をある程度飛ばす。ここからがポイントで、多めの追い油をフライパンに注ぐ。するとお手軽に皮がばりっとした揚げ餃子がフライパン一つで作れてしまうのだ。
両面を丁寧に揚げ、こんがりしたものから順に皿に取り出していく。彼女はフライ返しを使い、不器用な手つきで一つ一つ拾いあげていた。
その間に僕はたれを作ろう。ちょっと珍しいが我が家では餃子にはらっきょう酢に七味を入れた甘口のたれを愛用している。昔、家族で通っていた中華料理店のレシピをこっそり真似たものだが、この甘みと酸味が揚げ餃子とマッチしてなかなかに美味い。
手早く二皿分作るとテーブルに置いて、主賓の餃子60個も焼きあげ着席する。
手を合わせ二人そろって頂きます……の、前に。
「クルッポー」
彼女がまたしても首をかくかくさせた。脳裏に公園の忌まわしき光景がフラッシュバックする。あの時、確かに彼女は鳩を真似ていた。餃子を前に問いただしたい。
「あのさ、それってなんの儀式かな」
ジャスチャーしながら問いかけると彼女は不思議な顔をした。そして、少し考えてこう返した。
「地球ノアイサツ」
「いや、それは地球というより、鳩の……」
僕ら鳩じゃないから、と思ったがそれはいえなかった。謎の多すぎる答えに色々な感情が整理できない。それに構わず彼女は箸を不器用に持つと、日焼けた手を伸ばした。あくまでこちらの意向を無視するつもりか。
彼女はたどたどしい手つきで餃子をなんとか持ちあげ、らっきょう酢だれに浸す。
琥珀色のたれを滴らせながら危なっかしい動作でクレーンゲームのように上空から運び、くじらの大口でぱくり。
瞳をきらきらと輝かせた。
「オイシイ!」
欲望の止まらなくなった彼女はつぎつぎに餃子をさらっていく。このままでは60個そのまま無くなってしまいそうな勢いだ。
アメリカのコメディ俳優のように吐息する、今日くらいは僕も食べさせてくれ。色んな疑問は残るけれど、今は目の前の餃子に集中しよう。
せっかくだから彼女を真似てクレーンゲームのように運び、ぱくり。
「あっっつ!!」
皮ががりっとジューシーに弾けた。口をほこほこさせながら広がる豊かなニラの甘みを感じる。白菜の水分が溢れて美味い。生姜とにんにくも香りよく効いている。餃子はほかほかが一番だ。
甘酢たれに誘惑にされて言葉もなく食べ続け、そうして僕らは餃子60個を二人で見事平らげた。
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