第三膳 『シチューと苦手料理』(回答編)

 彼女はおっかなびっくりの様子で、すくいあげたシチューを慎重に嗅いでいる。まるで初めての獲物に触れる野生動物のように、長いまつ毛を瞬かせながら何度も何度も鼻を寄せ吟味している。


 香りで安全だと悟ったのだろう。次は輝くクリームに口を寄せて舌先で触れる。何度も何度も猫舌のように警戒しながら。そして、いよいよ食べるかと思いきや、なんと彼女はスプーンをスープ皿のなかへ戻した。


 そして、首を前後にかくかくさせて。


「クルッポー」


 無常のときが流れる。ひと鳴きしたかと思うともう一度「クルッポー」と。そのあとスプーンを手に取り、しとしとと食べ始めた。

 僕は一見意味のない彼女のこの行動にもなんらかの意味があることを知っていた。




 つい先日のこと、公園で僕は彼女を見かけた。奇遇だと話しかけようと思ったが、なにやらものすごく集中した様子で鳩の後ろをついて公園を旋回している。おそらく動作を真似ているのだ。


 一瞬考えた。これはなんだろう、と。人目もはばからずに懸命にまるでコピーするように模倣している。そして観察しているうちにふと気づく。彼女はただ幼子のように真似ているだけ。好奇心のままに鳩とともに歩いて、鳴いて、そしておじさんの撒いた豆を拾い、そして食べ……


「食べるなーーーー!!!!」


 止めるの遅し、彼女は豆を食べてしまった。




 僕はその先日の豆事件ついても正直問いただしたかった。だが、どう切り出せばよいものかと悩んでいるとひと口食べた彼女が瞳を輝かせた。


「オイシイ!」


 彼女はシチューをむさぼり食っている。音を豪快に立てながら吸い尽くすように。野性味たっぷりだなおい、と思ったがまあいい。


「美味しいだろう。それは僕の大好物のナスとチキンのクリームチーズシチューだからね」


 そう、この絹のように真白い正真正銘のホワイトシチューはかつて牛乳が苦手だった僕の大好物の渾身のシチューである。


 余談だが作り方について少し解説しよう。


 まずスライスした玉ねぎをたっぷりのバターで炒める。しんなりしてきたら、ぶつ切りの鶏のもも肉と水にさらした輪切りのナスを投入し炒め、小麦粉を加える。粉っぽさがなくなったら白ワインを投入し、少量の水を加えてひと煮たちさせる。

 その後は成分無調整の濃厚な牛乳でひたひたにして、決め手となるチーズを投入するが、ひとつ注意だ。どうかチーズはくれぐれもケチらないで欲しい。ひとつかみでたっぷりと入れるのがおススメだ。そうすれば牛乳臭さも消えて味が際立つ。


「オイシイ!」


 彼女はもう一度美麗な声をあげた。感激にうち震えている様子だ。そうだろう、そうだろう。仕上げに加えたコンソメ、塩コショウ、そして隠し味のコーヒーフレッシュが旨味とコクを大胆に演出している。

 しかし、ライオンのように豪快な食べっぷりを見ていると僕も腹が減ってきた。一緒に食おう、食いながら今後のことを話し合おう。もちろん鳩についても、豆についても。

 と、思考していると彼女は立ちあがり鍋からスープ皿に白い液体をだくだくと注いでいた。お玉をカランと置くとげえええっとゲップする。お前はカバか!!

 そして僕のシチューは見事に残されていなかった。

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