第89話 その後の羽成親子

 大騒動の翌日、新聞社やテレビ局などの各メディアによって日本全国へその仔細を報道された。しかしながら、離島であったために野次馬が駆けつけてみだりに島を騒然とさせる事態を免れたのは不幸中の幸いと言えよう。

 とはいえ、各メディアによって面白可笑しく事実を改ざんされた報道は、平穏なリゾート地として対外的に発信していた観光業にとって大打撃となった。当時の羽馴町長は記者会見を余儀なくされ、騒動の火消しに躍起だった。羽馴町の主要産業が観光だった手前、この会見はやむを得なかった。

 ここまでは羽馴島の対外的な近況だが、肝心たる当事者たちの顛末は以下に続く。

 源夏美の機転によって警察が即時に現場へ駆けつけた。警察官の姿を確認した近隣住民らは直ちに沈静化。だが、ここで厄介だったのは大騒動の火元となった羽成親子。彼らは警察官へ目もくれず、いさかいに終わりは見えなかった。

 それを見かねた警察官は身体拘束を試みたものの二人は抵抗。人並外れた馬鹿力を持つ羽成親子に警察官は苦戦を強いられ、最終的には禁忌とされる拳銃発砲さえ辞さなかった。強硬手段となってしまったものの、警察官の尽力でようやく羽成親子を拘束することが出来た。彼らの罪状は暴行罪ならびに公務執行妨害、現行犯逮捕となった。

 地域の治安を乱したとして、羽成親子は本島の地方裁判所への送検および起訴を検討されていた。だが、近隣住民は羽成親子の罪状軽減を嘆願する署名を募り関係官庁へ提出、羽馴町長の嘆願書提出も手伝って彼らは書類送検に留まり不起訴となった。

 しかしながら、騒動後の羽成親子の肩身は非常に狭いものとなり、彼らは村八分も同然の立ち位置となってしまった。

「義之、父さんに顔を見せていかなくていいのかい?」

 義之は高校を卒業し、内定していた本島の建設会社へと就職が決まっていた。単身上京する甥っ子を切なく見守るのは叔母の文恵だった。

「心配ねぇ、あんな男に顔を見せる義理はないさ」

 文恵の老婆心など義之は切り捨てるように一蹴する。騒動以来、もはや親子断絶と等しいほどに彼は実家が疎遠となってしまった。

「最後なんだ。せめて親父さんに顔くらい見せてやったらどうだ、クソアニキ」

 物陰から毒舌を吐くのは次女・夏美。心底嫌悪する従兄だが、義理は果たせと言いたげだ。

「アニキ、行かないで......!」

 一方、幼気いたいけな瞳を潤ませて彼との別れを惜しんでいるのは三女・秋子。兄同然に優しかった彼との今生の別れ、堪えていた涙は抑えきれずに慟哭となって顕在化してしまう。

「妹たちよ、見送りありがとう。達者でな!」

 羽馴海岸に接岸している汽船が出発の汽笛を上げる。それはまるで、彼らの別れを急いているかのようだ。

 汽船の姿は徐々に遠ざかり、義之の影もみるみる小さくなっていく。源親子は遠くなっていく彼の姿を両手の大振りで見送り続ける。長年生活を共にした甥っ子との別れに、それまで涙を禁じていた文恵も限界を迎えてしまった。彼女もまた、別れを惜しむ家族の一人だったのだ。

 ――『チーン』

 その頃、義之の船出に一切顔を見せなかった父・健造は相変わらず仏壇前で合掌していた。

「和代、よしゆきは今日でこの島を出て行った。この間までおむつ履いてたはずなんだが、ガキの成長ってのは早いもんだなぁ」

 彼の合掌する眼前で、いつものように遺影の和代が微笑んでいる。ようやく授かった第一子との間に入った亀裂は綴じることなく、終いには親子自体が瓦解した。自らの命を賭した和代の出産に、このような未来が待っていたとは彼女も想像だにしなかったであろう。

「『おとうさぁーん!』あの声が懐かしいぜ」

 健造は懐古していた。自身の脇腹へ駆け込んできた幼い頃の息子・義之の姿を。彼を男手一つで育ててきたはずだった......。あの時、善意の嘘に逃げなければ、そんな悔恨が父・健造の脳裏をよぎる。

「『義之、一体何の用だ? まぁいい。せっかくだからお前もおかあさんに挨拶しとけ』あんな言い方するんじゃなかったなぁ......」

 健造の悔恨は際限がない。鬼の目にも涙、今の彼にはその言葉が相応しい。

「『今の話、俺は一切承知しねぇぞっ!!! お前は俺の後継ぎとして玉のように育ててきたんだ!!!』――そんことはない。俺はただ、お前との別れを認めたくなかっただけなんだ......」

 愛妻との別れに続く愛息子との別れ。健造にとって別れという言葉はあまりに重すぎた。『さよならだけが人生』夫として、父として受け入れがたい事実だった。ある意味で人生に抗っていたのは彼だったのかもしれない。

「ブハッ......!! すまねぇな和代、俺の命もそう長くねぇらしい。今まで内緒にしてて悪かったなぁ。まぁ、お前なら俺の嘘くらいとっくに見抜いてたかもしれねぇなぁ?」

 遺影に語りかけていた健造の突然の吐血。それも無理はない、彼は心が惑う度に酒に身を委ねてその弱さをひた隠しにしてきた。医者からは飲酒について再三忠告されていたが、彼は頑なにそれを聞き入れなかった。

「さぁてと......俺の最期の一仕事、和代は見届けてくれるよな?」

 健造の病状は長年の飲酒による肝臓がん。彼の体がじわじわと病魔に蝕まれていた事実を、義之はおろか実妹の文恵さえも知る由はなかった。

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