第88話 羽馴の大騒動

「アニキィーッ!!!」

 義之の後を追って秋子がやって来た。ただでさえ足の速い彼が、癇癪を起こしているためそれに拍車が掛かってしまっている。秋子は後を追うのが精一杯だった。

 秋子は息も絶え絶え。息を切らしながらも、ようやく義之の自宅へ辿り着いた秋子だったのだが......。

「親父に歯向かったこと、後悔させてやる!!!」

 秋子が目の当たりにしたのは、実の父に一矢報いる義之の姿。あまりにも衝撃的な場面に遭遇してしまった彼女は戦慄を覚えた。

「あわわわ......!!!」

 やがて秋子は狼狽。拳を交え、胸ぐらを掴み合いながら繰り広げられる親子喧嘩に彼女は言葉を失ってしまう。

「これは大変......!!!」

 ようやく我に返った秋子は自宅へと踵を返した。今の彼女が出来ること、それは助けを呼ぶ以外の選択肢はないと直感した故だ。

 ――自宅へ到着した秋子は真っ先に文恵を頼った。その様子を見た文恵はただならない雰囲気を感じ取った。

「おかあさん大変! アニキが健造さんと喧嘩を始めたの!!! 私じゃどうにも出来なくて......。お願い、助けて!!!」

 助けを乞う秋子は涙ながらに訴えた。小学生の彼女としては、本来ならば逃げ出したかったところだろう。

「分かった、ご近所さんも連れて今すぐに向かうから!」

 火急の事態であると察した文恵は、近隣住民に呼びかけながら羽成親子の元へ向かう。だがこれが後々火に油を注ぐこととなり、大騒動の引き金となってしまうことは誰も知る由はない......。

 ――秋子が文恵達を引き連れて羽成親子自宅へ戻った時、想像だにしない風景が広がっていた。

「おい、嘘だろう......これが本当に親子喧嘩かぁ!?」

 近隣住民は思わず言葉を失う。家中のふすまという襖は悉くぶち抜かれ、壁という壁が悉く破壊されてしまっている。親子喧嘩と知らなければ、強盗にでも押し入れられたかのような有様だ。

「てめぇ、この野郎!!!」

 激昂した健造は手に取る物という物をもれなく投擲している。それは皿やちゃぶ台などの日用品、ひいては包丁や鎌などの凶器になり得る刃物も関係なしのよう。

「やったな、クソ親父!!!」

 そんな父に対抗すべく息子・義之も応酬を躊躇わない。彼もまた湯呑や急須、金槌やのみといった凶器同然のものを投擲している。応酬で投擲物が命中しているのか、互いに出血を伴う怪我を負っている。だが、それでもこの喧嘩は際限なく続いている。

「どうするよ? これじゃ命がいくつあっても足りねぇぞ??」

 あまりに狂気じみた親子喧嘩に、近隣住民も怖気づいてしまっている。そんな一同を見兼ねた秋子が動いた。

「おじさんたちの意気地なし! 見損なったよ!!」

 二人の喧嘩を止めたい一心で秋子は近隣住民たちへけしかける。すると、少女の言葉を耳にした住民の一人が呼応した。

「秋子ちゃんの言う通りだ! たとえ火の中水の中、親子喧嘩の中、タマ付いてんなら飛び込むしかねぇ!!!」

 近隣住民の一人が覚悟を決め、二人の仲裁へ飛び込んでいった。果たして、彼らの喧嘩を止めることは出来るのだろうか?

「二人とも、止めないかぁ!!」

 互いの投擲によって様々な物が飛び交う中を勇猛果敢に彼は割って入る。それに続けとばかりに他の近隣住民も追従する。狂気じみた羽成親子だが、数で押し切る他にないという決断がそうさせたのだろう。だが、これこそが大騒動最大の引き金となるのだ。

「てめぇら、何しやがる!!!」

 猛り狂った健造を止めるのは困難を極める。複数で抑え込むも、彼の馬鹿力は尋常なものではなくいとも簡単に振り払ってしまう。

「邪魔すんじゃねぇっ!!!」

 息子の義之も例に漏れず、大人数で抑え込もうとした矢先に振り払われてしまった。良くも悪くも、血は争えないということだろう。

『ドンッ! ドカドカッ!!』

 両者に振り払われた近隣住民たちは宙を舞い、空中で衝突し合う。あまりの衝撃に住民達の頭には一気に血が上った。

「やりやがったなこの野郎!!!」

 喧嘩の火種は近隣住民に飛び火。住民の一人が他の者の胸ぐらを掴んで激昂してしまった。

「てめぇこそ、俺にぶつかって来るんじゃねぇよ!!!」

 親子喧嘩の巻き添えになった近隣住民達は、これまでの鬱憤を晴らすかのようにもみくちゃになる。こうなってはいよいよ収拾がつかなくなってしまう。何を隠そう、この事件こそ後に『羽馴の大騒動』と呼ばれる暴動である。

 この事件は、翌日に新聞社やテレビ局などの各メディアが報道する事態にまで発展した非常に稀有な事件となり、羽馴島民の間では今でも語り草になっている。

「あーあ、何だか大変なことになってるじゃんか。一応、警察呼んでおいて正解みたいだな?」

 そこへ遅れてやって来たのは源三姉妹次女・夏美。そして、この大騒動は彼女の賢明な判断によって収束したのであった。

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