第54話 探検だョ! 全員集合

「ガチャッ!!」

 のりこは扉を開け放つと、玄関から勢いよく飛び出した。その姿は、さながら陸上選手の幅跳びのようだ。

「サバッキーが、私を呼んでいる気がするっ!!」

 衝動に駆られたのりこは脇目も振らずにまっしぐら。果たして、彼女はどこへ向かうつもりなのだろうか?

「おねえちゃん! 待ってぇっ!!」

 のりこの後を追うべくりょうたもそれに続く。どうやら、今回も姉の巻き添えで何かが始まる予感。

「......キュッ!?」

 犬小屋で眠っていたルナは、二人のただならぬ気配を察して目を覚ます。そして、鈍足ながらも二人を追いかける。短足で必死に走るタヌキは健気で、何とも言えない可愛らしさがある。

 のりこは公道を駆け抜ける。多少の坂道も今ののりこには無問題、都市伝説のサバに魅入られた彼女には障害にもならない。一方、りょうたとルナは息も絶え絶え。特に運動が苦手なりょうたにとって、ただでさえのりこを追いかけるのは一苦労だ。

「......ワンッ! ワンッ!!」

 そんな矢先、背後から白黒ツートンカラーの何かが弾丸の如く迫り来る。坂道をもろともせずにやって来たのはケンだった。

「ケン......待って」

 後から来たのに追い越されたりょうたとルナ。二人の影はみるみる小さくなっていく。

「ケンちゃん! 来てくれたのねっ!」

 のりこに追いついたケンは彼女と並走し始める。その姿は、マラソン選手に並走するバディのようだ。そんな二人は、この坂道をどこまでも突き進んでいく。

 ――公道を駆け抜けた一人と一頭は、羽馴の森へ辿り着いた。ここはのりこがハヤテと出会った場所であり、巨大イワナを捕獲した実績もある。しかしながら、本当にここにサバッキーがいるのだろうか?

『〆ないで!』

 成人男性を思わせる野太い声の電子音が不意に聞こえた。よく見ると、その電子音の先に若い男女の姿があった。見た限り、交際まもない初々しいカップルのようだ。

「......何あれ?」

 のりこはカップルを怪訝な目で見つめる。りょうたの件といい、恋とは無縁なのりこにとって、仲睦まじい二人を妬ましく思っていることだろう。

「サバッキー、釣れるかなぁ?」

 釣り糸を垂らす彼女は嬉々として話している。どうやら、のりこと同じくサバッキーを探しているようだ。

「あずみさん、サバッキーって本当にここで釣れるの?」

 あずみとは対照的に男は半信半疑である。おそらく、サバッキー好きな彼女に付き合わされているのだろう。

『シーメーないでぇーっっっ!!!』

 男のスマートウォッチが電話着信を告げる。それは、ミュージカル調でサバッキーが叫ぶ貴重なボイスだった。

わたる、サバッキーは釣れたか?』

 電話越しに老爺の声が聞こえる。話しぶりから、彼がこの場所へ二人を差し向けた張本人であるようだ。

「釣れてない。てか、サバってイクラ食べるの?」

 渉は老爺へ疑問をぶつける。確かにマス類の釣り餌としてイクラは有効であるが、サバがイクラを食べるようには思えない。

『イクラは俺の大好物。サバだって好きに違いないさ! はっはっは!!』

 どうやらイクラは老爺の好物だったようだ。それを聞いた渉の表情は一気に険しくなる。

「爺さん! からかうのもいい加減にしてくれっ!」

 渉は思わず老爺へ厳しい一言を投げつけてしまう。ジョークと言うのは、TPOを弁えることが実に肝要である。

『......爺、ショック!』

 その一言を最後に老爺との会話が打ち切られる。その言葉、どことなく聞き覚えのあるフレーズだが......あえて触れないことにする。

『サバはおやつに入りますか?』

 渉の隣で野太い男性ボイスが再生される。あずみの手元を見ると、彼女がサバッキーマスコットの腹部を押しているのが分かった。

「......あずみはおやつに入りますか?」

 あずみはどういうわけか頬を赤らめている。幼顔の割に艶めかしい彼女の体型が渉の欲情を誘う。そんな様子に渉は言葉を失ってしまう。

「......冗談に決まってるじゃん! 渉くんったら何考えてるの、もうっ!」

 欲情しかけた渉を見て恥ずかしくなったのか、あずみは照れ隠しに彼の頬へ思い切りビンタを食らわせてしまう。

「え? えぇ......??」

 不意に飛んできた彼女のビンタに困惑、渉は目が点になってしまう。そんな二人のやりとりの端々に初々しさが漂っていた。

「おねえちゃん、置いてかないでよ......」

 ようやくりょうたがルナとともにやってきた。長距離を走り続けた弟とタヌキはすでに息を切らしている。

「二人とも、遅かったわね。天空の覇者がお待ちかねよ?」

 仁王立ちののりこは、懐からハンチングキャップを取り出し着帽する。それと同時にハヤテがどこからともなくやってきて、彼女の頭上に舞い降りた。

「ピヤーッ!!」

 ハヤテは『遅い!!』と言わんばかりに雄叫びを上げる。彼はこの時を待ち侘びていたかのようだった。

「のりこ探検隊、全員集合ね!」

 隊長の号令によりのりこ探検隊がここに集結。隊はこれよりサバッキー捜索を開始する。

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