のりことりょうたの離島暮らし

第53話 都市伝説のサバ

『〆（しめ）......ないで......』

　テレビに突如として表示されたテロップ。のりことりょうたはネット配信真っ只中の『創作配信ライブ！』に見入っている。当該番組は小説やイラストなどの創作者の卵を積極的に発掘することを試みており、番組司会者のとむとリコの二人が創作物を持ち寄って紹介するスタイルを取っている。

『〆......ないで......』

　画面には古井戸が映し出されており、その奥から成人男性を思わせる野太い声が響いてくる。逢魔（おうま）が時（どき）の仄暗い背景が、その不気味な雰囲気を一層引き立てる。

「ゴクリ......」

　りょうたは思わず息を呑む。不思議なことに、普段はテレビ番組に興味を持たないのりこですらそれに釘付けとなってしまっている。その異様な雰囲気は、多くの視聴者を惹きつける何かを醸し出している。

『〆......ないで......』

　やがて、井戸から人間の手のようなものが伸びてきた。その手から、某（なにがし）は井戸からは這い上がろうと必死である。

「ひいっ......」

　のりこは危うく悲鳴を上げそうになる。彼女は恐怖のあまり、りょうたの肩を掴む。一方りょうたは、画面に釘付けになったままだ。

「〆......ないで......」

　井戸から出てきた某がその正体を明かす。それは胴体こそサバだが、人間のような手足が本体から生えている様子がとてもおぞましい。

「......きゃぁぁぁっっっ！！！」

　のりこは思わず悲鳴を上げてしまう。彼女の恐怖のバロメーターが振り切れた瞬間だった。そしてりょうたも、恐怖のあまりとうとう言葉を失ってしまっている。某の恐怖は計り知れない。

『......はい！　続きは本編をご覧ください！！』

　恐怖場面は突如中断され、にこやかな女性のナレーションが流れる。彼女はリコ、当該小説『都市伝説のサバ』のプレゼンターである。そのにこやかな声色とは裏腹に、オカルトや都市伝説に対する興味は常人のそれを越える。

『サバッキー、バリ怖ス！！』

　震えた声で話すのは相方のとむ。彼はファンタジーやコメディが主に好きで、ホラーは大の苦手だ。おそらく、彼は戦々恐々の思いでリコのプレゼンテーションを聞いていたことだろう。

　サバッキーとは、数多くの都市伝説で語り継がれている架空のサバである。正体不明で神出鬼没な某は、物語のバリエーションも多彩である。リコが紹介したのは、その中でも怪奇譚といえる作品である。

「サバッキー、ヤバいっ！！」

　のりこが興奮しながら語っている傍らで、りょうたはまだ硬直したままだ。その様子から、実は姉よりもサバッキーに恐怖していたのかもしれない。

「おぉ、サバッキーかぁ？　懐かしいなぁ」

　淹れたてのコーヒーを片手に良行がリビングへやってきた。先日、羽馴牧場で買ってきた羽馴ブルボンの優しい香味が部屋中に広がっている。

「おとうさん、サバッキー知ってるの？」

　のりこが不思議そうに良行へ問いかける。その問いに良行は得意げな表情だ。

「知ってるも何も、サバッキーはおとうさんが子供の頃から有名だぞ？」

　良行が知っているあたり、都市伝説界隈におけるサバッキーは比較的古参のようだ。意気揚々と語る良行に京子も割り込んでくる。

「私の友達は、自転車でサバッキーに追いかけられたって話をしていたわね？」

　京子は意味深長な目で良行を見つめる。真偽は定かでないものの、手足の生えたサバが背後から追いかけてくる様子は想像を絶する恐怖に違いない。

「京子さん、いくら何でも嘘でしょう？」

　良行は冗談だと笑い飛ばすものの、京子の目は笑っていない。真剣な彼女の眼差しが、妙に真実味を帯びていて不気味さ漂う。

「......信じるか信じないかは、あなた次第です」

　京子の含みを持たせた間も相まって、その一言は不気味さに拍車が掛かっていく。こんな時どんな表情をすればいいのか、良行は困惑を隠せない。

「そういえば、和泉は川でサバを釣ったことがあるって言ってたなぁ？　まぁ、嘘だろうけど？？」

　良行は話を逸らそうとしたのか、友人の話題を持ち出した。しかし、川にサバがいたというのはいくら何でも無理が過ぎないだろうか？

「川にサバ？　それって、もしかしてサバッキー！！？」

　どういうわけか、その話題にのりこが食いついてきた。おそらく、のりこが魚なら真っ先に釣られてしまうだろう。

「おねえちゃん、サバは海の魚だよ？　仮にサバッキーだとしても、川じゃ生きていけないよ！」

　りょうたの指摘は尤もだ。都市伝説とはいえ、サバッキーは曲がりなりにもサバである。海水魚が川で生きること、それは即ち塩分不足に陥り死ぬことを意味する。

「サバッキーはサバを越えたサバなの！　たとえ火の中水の中、あの娘（こ）のスカートの中だって平気に決まってるじゃない！！」

　何だかのりこはトンデモ理論を展開し始めた。水の中はともかく、火の中では間違いなく焼き魚になるのが手に取るように分かる。

「こうなったら、私の手でサバッキーを捕まえるしかなさそうね！　りょうた、付いてきなさい！！」

　トンデモ理論はそこそこに、のりこは意気込んで外へ行ってしまった。どうやら彼女は、本気でサバッキーの捕獲を試みる腹積もりのようだ。

「おねえちゃん、待ってよ！」

　りょうたは仕方なくのりこの後を追いかけた。