第52話 筋肉先生を倒さないと大変!

「りょうた、止めないで頂戴。これは絶対に負けられない戦いなの」

 筋肉先生との戦いへ赴くのりこは、さながら出兵する戦士そのもの。何人たりとも、彼女達を止めることは叶わないだろう。

『積年の雪辱は決起の狼煙のろしだ! 本陣のその向こう、敵将を討伐する勇者!!』

 一同はなおも『進軍の語り部』を口ずさむ。鬼気迫る表情の集団に周囲は恐れ戦くばかり。

あまりの殺気に、さすがのりょうたも身を退かざるを得ない。

「あわわわ......」

 集団から撤退したものの、りょうたはその恐怖を振り払って駆け出す。彼の目指す先はどこなのだろうか?

 ――ここは小学校の校門前。ムキムキタンクトップの肥瑠が竹刀を携え、目を光らせている。

「今日の筋肉占いは大吉だったはず。卑劣極まりない敵に、僕のヒラメ筋が憤りを隠せないよ!」

 のりこ達へ憤怒して肥瑠は一層目が血走っている。怒気に満ちた雰囲気に児童達は彼を避けるようして下校している。

「......おや、ようやくお出ましみたいだね?」

 この時を待ち侘びたと言わんばかりの表情で迎撃態勢に入る肥瑠。彼は剣道における中段の構えで、彼らを迎撃する腹積もりのようだ。中段は正眼の構えとも言われ、攻防一致の構えである。今の彼に死角など考えられないが、のりこたちはどう立ち向かうのか?

「ここはSKさるかに作戦一択。みんな、作戦通りに行くわよっ!!」

 羽馴軍師のりこが指示を掛ける。彼女の自信に満ちた風格はさながら黒田官兵衛だ。

『おうっ!!!』

 のりこの指示に呼応して一同は肥瑠に突進していく。果たして、のりこ達はさるかに合戦からどのようなヒントを得たのだろうか??

「前からの突進か。認めたくないものだね、若さ故の過ちと言うものを......」

 一同の突進に相対しても肥瑠は動じない。その佇まいはさながら、どもんの求める木鶏そのものだ。

「......飛ぶ斬撃を、見たことがありますか?」

 やや遠間でこたろうが進撃を止め、抜刀の構えを取る。本来の抜刀術は鍔元に右手を添えるのだが、どういうわけか彼は柄頭に右手を添えている。これでは刀身を長く持つことになり、抜刀には不向きなのだが......?

「明日香神風一刀流・飛燕ひえん!!!」

 こたろうは肚に力を込め、腰の回転を最大限利用する。それと同時に木刀が投擲とうてきされ、肥瑠目掛けてミサイルの如く飛来してくる。そう、飛燕とは刀を投擲することで敵を刺殺する抜刀術なのである!!

「......っ!!?」

 あまりにも突飛な一撃に肥瑠は動揺。咄嗟に竹刀を振り被ってこたろうの一撃を叩き落とした。

「何て狂暴な剣なんだ......!!」

 数々の戦国武将が畏怖した剣術に、ムキムキタンクトップの肥瑠ですら冷や汗を滲ませた。一歩間違えばその一撃で倒されていたかもしれない。そういう意味で、明日香神風一刀流は凶悪な殺人剣なのだ。

「一撃目をしくじることは想定内。これで終わりじゃないわよ!!」

 軍師のりこは即座に次の作戦を指示する。こたろうの一撃を放つ間に、たけるが肥瑠との間合いを詰めていた。

「......いつの間にっ!!?」

 足が臭いことをアイデンティティにされつつあるが、たけるは校内でもトップクラスの身体能力を持っている。その中でも特に駆け足の速さはずば抜けている。彼にとって瞬時に間合いを詰めるなどお茶の子さいさいである。

 間合いを詰めたたけるは、竹刀の振り下ろされた肥瑠の両腕へ飛び移る。その動きはさながら猫のように身軽だ。

「僕を踏み台にしたっ!?」

 肥瑠が困惑する間に、たけるは肥瑠の顔面へ飛び蹴りをお見舞いする。だが間一髪のところで肥瑠は首を振り、またしても攻撃は届かない。

「......うっっっ!!?」

 辛うじてたけるの攻撃を躱したものの、足の臭さまでは躱すことが出来なかった。アンモニアの如く鼻をつんざくその悪臭に堪えかね、肥瑠は思わず両手で鼻を塞ぐ。

「これも想定内。ここで決めるわよ、どもん!!」

 たけるの攻撃に続いて、どもんは肥瑠の懐へ潜り込んでいた。あまりの悪臭に、肥瑠の下半身は無防備となっていた。

「極東流・金剛玉砕拳!!」

 どもんの重い一撃が肥瑠の股間へ打ち込まれる。その一撃は世界最高硬度を誇る金剛石ダイヤモンドを粉々にすると言われるほどで、金的に受けるダメージは男子にとって発狂を禁じ得ない。

「うっっっ......!!!」

 痛恨の一撃を受けた肥瑠は言葉もなく崩れ落ちる。乾小学校を守り続けた平和の象徴が崩壊し、周囲の児童達は震撼した。

『......やったぁっっっ!!! 筋肉先生を倒したぁぁぁっっっ!!!』

 一方、肥瑠を打倒したのりこ軍師たちは歓喜に包まれていた。一致団結して掴んだ勝利は美酒に等しい。

「君達は......強い......!」

 股間の激痛に悶絶する肥瑠が振り絞るように発した一声は、彼らを称賛する言葉だった。彼らの強さを認める姿は、まさに教師の鑑だ。

「こんな悪ガキ共に負けたんかぁ? これは教育委員会で懲罰もんちゃう?」

 そんな矢先、烈火の如く怒れる拳を構えて現れた壮年男性教師。彼は乾小学校の教頭を務める木場嶋竜人たつとである。強面にサングラスという組み合わせが、いかにも危ない世界の人物を連想させてしまう。

「嘘......サラマンダー教頭......!?」

 さすがの軍師のりこもこれは想定外。彼の怒れる鉄槌で、かつて多くの非行児童達が更生を余儀なくされたという。そのような経緯から、彼は『サラマンダー教頭』の異名を持つ。そんな猛者をのりこたちの手に負えるはずもない。

「この戦いを終わらせに来たよ、おねえちゃん!」

 竜人の物陰から顔を出したのは、どこかへ逃亡したはずのりょうただった。彼が竜人へ助けを求めたことは想像に難くない。

「戦いは......終わりよ!」

 自らの敗北を悟ったのりこは降伏せざるを得なかった。その後のりこ達は職員室へ呼び出され、厳しく叱られた。

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