第51話 作戦会議をしないと大変!

「剣術に空手、それに臭い足......。何か使えないかしら?」

 現状打開の術をのりこは思案する。策士の如く険しい表情は、日頃の自由奔放な彼女からは想像もつかない。

「そういうのりこは何が出来るんだ?」

 今はいいとこなしのたけるが尋ねる。足が臭いと言われた手前、いいとこなしは自分だけという事実を覆したいところ。

「私は黒田官兵衛を師として仰ぎ、それを継承する。いわば軍師よ!」

 のりこの言う黒田官兵衛は、おそらくR・O・Pの受け売りだろう。しかし、創作上の黒田官兵衛はいまひとつ現実味がない。

『な、何だって!?』

 とはいえ、小学生にとってテレビアニメの影響力は凄まじい。たとえそれがのりこのハッタリであっても、黒田官兵衛のネームバリューは神懸っている。

「私は軍師の名を継ぐ者。羽馴軍師・島長のりこよ!!」

 黒田官兵衛の名を用いて、今ののりこはまさに虎の威を借る狐。しかし、羽馴の軍師とはスケールダウンも甚だしい。

「御託はいい。さっさと決めようじゃないか」

 己の拳で語り、未来を切り開くスタンスであるどもんからすれば、策を講じるなど滑稽に見えるかもしれない。彼にとって黒田官兵衛とか、足が臭いなどは無問題なのだ。

「役に立つか分かりませんが、祖父から教え聞いた昔話があります。折角なので読んでみませんか?」

 こたろうは懐から何かを取り出す。剣道少年の彼には、きっと代々受け継がれてきた兵法があるに違いない。

「......え? さるかに合戦??」

 由緒正しい剣道少年が真面目な顔で絵本を差し出してきたことに、一同はギャップを覚えたに違いない。そんな姿に内心ほくそ笑むのはたけるだった。

「こんな絵本じゃ話にならないだろう。なぁ、のりこ?」

 たけるは頭ごなしにこたろうの提案へ反論する。足が臭いだけの男はマウント取りに躍起だ。

「さるかに合戦......使えるかもしれないわねっ!!」

 軍師のりこは何かを閃いたようだ。そんな軍師の反応にたけるは、驚きから目を点にする。

「いいのかよっ!? 所詮昔話だろう??」

 たけるはのりこに対して却下の眼差しを送る。しかし、その程度でのりこの考えがぶれるわけもない。

「足が臭いだけの男は黙っていろ!! 見苦しい!」

 どもんはたけるの反論に対して一喝する。足が臭いは、もはやたけるのアイデンティティになりつつある。

「大丈夫、私は足が臭いことを笑わないよ!」

 軍師はたけるを擁護しているつもりなのだろうが、当人からすれば心が痛い。散々な言われようで、たけるは青菜に塩といわんばかりにしゅんとしてしまう。

 ――その頃、りょうたはもえとともに玄関付近にいた。竹の花を見た感動を二人は分かち合っているようだ。

「竹の花、綺麗だったね!」

 りょうたは昼休みに撮影した竹の花をスマートフォンに映し出す。写真を見る度、その光景が懐古される。

「私はあの光景を一生忘れない!」

 もえもまた色鉛筆で描いた竹の花を見開いている。感動を共有すること、それは恋路の必須要素だ。

「帰ったらお兄ちゃんにこの絵を見せてあげなきゃ!」

 もえには10歳近く年の離れた高校生の兄がいるらしい。兄は高校の美術部に所属していて、水彩画を得意としている。絵画を得意とするあたり、兄妹の血は争えないということか。

「りょうたくん、またね!」

 もえはにこやかに手を振って帰っていった。その背中から、兄に自身の絵を褒めてもらいたいという気持ちで舞い上がっていることは容易に見当がつく。

「さて、僕もLaplaceに竹の花をアップしなきゃ!」

 りょうたはさっそくSNSへ竹の花をアップロードする。一生に一度の光景は、大衆の反響が大きいこと間違いなしだろう。

「......それにしても、おねえちゃん遅いなぁ? 何してるんだろう??」

 SNSの反響へリプライをしつつも、のりこの下校が遅いことを心配するりょうた。せっかちな性格の姉が弟を待たせることは珍しい。のりこが肥瑠突破作戦会議を開いているなど、りょうたが知る由もない。

『燃え盛る、敵のいえがぁっ!!!』

 突如廊下に響き渡る過激な歌。それを耳にしたりょうたは、思わずスマートフォンから目を逸らす。その歌声は廊下の喧騒を掻き消し、圧倒的存在感を放つ。あまりに異様な空気に恐怖し、周囲の児童たちは圧倒されて口を噤んでしまう。廊下に響き渡るのは、彼らが口ずさむ『進軍の語り部』だけだった。

 『進軍の語り部』はR・O・Pの主題歌であり、その歌を口ずさむと気分が高揚する。おそらく、今夏における高校野球の応援歌として人気を博し、球児達の心の支えとなること間違いなしだ。

「......え? おねえちゃん!?」

 その集団を率いているのは、何と姉ののりこだった。異様な空気の発信源は紛れもなく彼女であることに、りょうたは言葉を失ってしまう。

「おねえちゃん、何してるの!?」

 しかし、この集団の行進を止めなければならない。りょうたはそう直感し、意を決し彼女へ声を掛ける。

「りょうた、止めないで頂戴。これは絶対に負けられない戦いなの」

 筋肉先生との戦いに向かう軍師のりこは、弟の問い掛けに聞く耳を持たなかった。

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