第46話 どもんと亜細亜
「我、未だ木鶏たりえず......」
一度意識を失ったにも拘らず、それでもどもんは滝行に励む。木鶏を体得することで覇道への道を開く。どもんはそれを頑なに信じてやまない。だが、それが彼の心の原動力になっている。
「......どもん! また滝行か」
仕事の傍ら、亜細亜が修行場へ顔を出した。この滝は二人にとって修行の場であり、亜細亜もまた足しげくここへ通っている。
のりことの戦いに敗れて以降、どもんは焦りを滲ませている。亜細亜は、そんな調子で覇道の覚醒を急いている弟子を憂慮している。
「覇道は、一朝一夕に覚醒するものではない。努力・学習・経験......つまり、人生のあらゆるものを悟ったものが到達する境地なのだ」
亜細亜は覇道の教えを説く。彼曰く、覇道とは『万物の声を聞き、全てを理解するという概念』らしい。一般人の感覚に換言すれば、第六感と言ったところであろうか?
「日々の積み上げなんてない、自由奔放に生きている女に負けたんです。まるで、俺の修行が否定されたみたいじゃないですか!?」
師匠の教えを信じてひた向きに修行してきたどもんにとって、のりこへの敗北はこの上ない屈辱であろう。
「勿論、覇道に天性の才が作用するところは大きい。しかし、それはほんの一握り。目先の成果を急いてはならん」
凡人のひた向きな努力を、天才は軽くやってのける。凡人からすれば、それは非常に妬ましく映ることだろう。どもんの心境はまさに凡人のそれだ。
「凡人の多くは凡人のまま終わる。しかし、ごくまれに凡人は秀才へと昇華する。凡人と秀才を分かつ道、それが何か......お前には分かるな?」
亜細亜はどもんへ問う。問答の積み重ねもまた修行、亜細亜の質問はそんな意味合いが込められている。
「血の滲む努力でしょう? 言われるまでもない!!」
どもんは亜細亜の問いを一蹴する。自身のひた向きな努力を見ていながら、なおも努力の大切さを説こうとする師匠の目は節穴だと言わんばかり。
「努力......近いようで遠い答えだ、どもん」
亜細亜もまたどもんの答えを一蹴する。その答えにどもんは不満げな表情を浮かべる。自身の努力は何が間違っているのか? 今の彼にそれは分かるまい。
「いいかどもん。努力とは、何かを妄信することではない。それを疑うことから始まるのだ」
亜細亜の言葉の含み、少年であるどもんには難解に思えることだろう。あまりに難解な言葉に、どもんは言葉に詰まる。
「師匠、俺には言葉の意味が分かりません。教えを忠実に守ることこそ、覇道へ至る道筋ではないのですか!?」
どもんはやっとの思いで言葉を紡ぐ。彼にとって、師匠の教えに対して忠実であること、これこそが覇道へ至る全てだと信じていた。
「教えに忠実であることは、一見ひた向きに思える。だがそれは師事する者の答えであって、お前自身の答えではないのだ」
亜細亜の答えにどもんは困惑するばかり。仮にも小学生である彼に、師匠の含蓄深い言葉を理解することは難しい。
「では、俺は一体どうすればいのですか!!」
師匠の言葉に、どもんは動揺し昂ってしまう。あまりに高度な話を聞き入れることが出来ず、どもんの思考は麻痺している。
「儂の教えを糧とせよ。すまん、これでは伝わらんな......つまり、お前の拳に儂の教えを乗せていけ!」
亜細亜はどもんへ拳を突き出し、それに応じて彼も拳を交わす。不器用な二人にとって、拳で語ることが意思疎通の手段なのである。
「お前の拳は優しい。優しさこそ、強き者の必須条件だ!」
亜細亜は自身の体験から、どもんが覇道を覚醒させ最強への道を歩むことを直感している。弟子の成長を長期的な展望を以て見守ること、それが師匠にとって最大の責務といえる。
「俺の拳に、師匠の教え......」
師匠の拳から、どもんは何かを感じ取ったのだろう。彼の脳内は、師匠の思いが駆け巡っているに違いない。
「ぅぅぅぅぅおおおっっっ!!!」
どもんは突如雄叫びを上げる。きっと、彼の心の中で何かが覚醒しているのだろう。果たして、亜細亜の思いは彼に届いたのであろうか?
「のりこぉぉぉぉぉっっっ!!!」
どもんは、感情の赴くまま正面の大木へ殴りかかる。どもんが覚醒したのは覇道ではなく、どうやらのりこへの私怨のようだ。
「......覇道の覚醒は、まだ先のようだな?」
どもんの理解力不足に亜細亜は頭を抱える。それは分かり切っていたものの、一瞬でも弟子に思いが通じたと勘違いした自分が馬鹿だったと彼は後悔する。どもんは未だ木鶏たりえず、覇道覚醒への道のりも程遠い......。
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