第45話 亜細亜と異邦人

「さぁて、羽馴牧場か。この時期は炭の発注が次々舞い込んで慌ただしいわい......」

 繁忙期に入り、亜細亜は軽トラックで島中を駆け巡っていた。バーベキューが盛んとなるこの時期、羽馴島では木炭の供給が追い付かなくなる。換言すれば、亜細亜の収入の大半はこの繁忙期に依るところが大きい。

「......ん? 見慣れぬ姿のご老人だな?」

 出荷に奔走している最中、亜細亜は老人の姿が目に入る。その老人は和服姿で、頭に髷を結っている。その奇抜な姿に加えて、彼は何やら周囲を見回している。何か探しているのだろうか?

「いかがなさいましたかな? ご老人」

 その様子が気になった亜細亜は、窓越しから老人に声を掛ける。彼の表情はどことなく不安げだ。

「孫とはぐれてしまいまして......。不慣れな土地柄である手前、不安でしてなぁ」

 どうやら、老人は同行していたとはぐれてしまったらしい。若干外国なまりがあるものの、どうやら日本語は通じるようだ。

「それは心配ですなぁ。折角なら、儂とお孫さんを一緒に探しませんか?」

 亜細亜は老人に同乗を促す。困っている人を放っておけないのは、人情を重んじる亜細亜の性分だ。

「実にかたじけない。恩に着ます」

 老人は亜細亜の言葉に甘え、同行することにした。果たして、探し人は見つかるのだろうか?

 奇抜な容姿であるものの、その横顔は日本人そのもの。日本語の通じる外国とは果たしてどんなところなのだろうか? 亜細亜は素朴な疑問を抱いた。

「......つかぬことを聞くが、貴殿のご出身はどちらかな?」

 日本語を話す奇妙な外国人。亜細亜にはそれが今一つ信じがたかった。

「私は豊臣皇国からやって来ました。詳しいことは明かせませんが、ある探し物の為に孫を連れてやって来ました」

 老人が嘘をついている様子はない。しかし、何か肝心なことを隠しているような気がする。それが亜細亜の抱いた印象だ。

「豊臣皇国......物騒な国だな?」

 その国名を聞いて、亜細亜は頭の片隅にあった記憶を思い出した。豊臣皇国、それは忍術の最高峰と呼ばれる軍事国家。海外に忍者を派遣して、世界各国の戦争や紛争に介入している。軍需産業は国策として推進され、それが国家の経済を下支えしているのだ。

「そんな軍事国家から、日本の離島に何の用かな?」

 老人の話を聞いた亜細亜は訝しむ。これは都市伝説として語られているものだが、豊臣皇国は世界各国にスパイを派遣し、新たな軍事技術を開発しているのだとか。

「それは、ここで話すことではありません」

 老人は口を噤む。どことなく核心をぼかす口調からは、彼がただ者でない気配が漂っている。

「......干渉が過ぎましたな。さて、お孫さんはどこか?」

 言葉の牽制を感じ取った亜細亜は、話題を逸らした。内政干渉は、国際問題になるリスクを孕んでいるからだ。

 車内は無言になり、何とも言えない気まずい空気が漂う。二つの意味で、一刻も早く孫が見つからないものか。亜細亜はそう願っていた。

 やがて亜細亜達は羽馴の森に差し掛かる。この付近は彼の修行場であり、弟子のどもんも日夜通っている。するとそこへ、髷を結った少年の姿があった。

「皇z......ぼっちゃん!!」

 少年の姿を見た老人は、窓越しに声を掛ける。老人の反応を見た亜細亜は、即座に軽トラックを停車した。

「爺や! 爺や!!」

 少年も老人に両手を振って返事をする。彼もまた、奇抜な容姿をしている。この二人は、一体何者だろうか? 亜細亜の疑念は膨らむばかりだ。

「ぼっちゃん、無事で良かった!」

 はぐれた孫と再会して、老人は抱擁を交わす。その表情は安堵に満ちていた。

「爺や、心配かけてごめん!」

 おそらく好奇心旺盛な孫が独り歩きして、老人を置いて行ってしまったのだろう。亜細亜はそう思った。

「職人さん、一緒に孫を探してくれてありがとうございます。つまらぬものですが、これは心ばかりのお礼です」

 老人は亜細亜へ小瓶を手渡す。一見すると、それは白い砂のようだ。

「ご老人、お構いなく。これは儂のお節介みたいなものでして......」

 大したことをしたわけでもないのに、お礼など受け取れない。亜細亜の性格上、謙虚な姿勢であるのは当然のことだ。

「遠慮なさらずに。どうか受け取ってほしい」

 亜細亜は、半ば老人に押し切られる形でそれを受け取った。それにしても、小瓶の中身は一体何なのだろうか?

「では、私達はこれにて失礼」

 老人は、孫ともども足早にその場を後にする。これ以上の会話は口を滑らせてしまうかもしれない、そんな様子だった。

「『幸せの砂』か......。こんなものが観光資源とは、時代は変わったものだ」

 亜細亜は『幸せの砂』の正体に気付いていた。それはかつて、戦争で使用されていた爆弾の材料であった物質だ。しかし、近年その物質はほぼ枯渇状態。そんな代物を持っていた老人は、一体何者だったのか。亜細亜の疑念は深まるばかりだった。

 ――その後、老人と少年はこんなことを話していた。

「皇子、羽馴忍法帳の手がかりは掴めましたかな?」

 老人は少年へ尋ねる。しかし、少年は浮かない顔をしている。

「いいや、駄目だった。この様子だと、羽馴忍法帳は消失しているかもしれないな?」

 少年は諦めの表情を浮かべている。彼らの探している羽馴忍法帳とは一体何なのだろうか?

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