第33話 マグロとの死闘!

『......マグロォォォッッッ!!?』

 海上を雄々しく跳ねる、風格あるマグロの姿であった。これはまさに嘘から出た実、勇人も想定外の釣魚である。

「おじさん、すごいね!?」

 のりこは、目の前のマグロに大興奮である。

「せ、せやろ? これがワイの実力や!」

 冗談だなんて今更言えない......内心そう思う勇人であった。

「勇人、すごいなぁ!?」

 どうやら、冗談を真に受けてしまった人物がもう一人いたようだ。ここは、場の雰囲気を壊さない方が賢明かもしれない。

「せやろぉ? ワイの腕、見直したんちゃうん?」

 これはきっと大喜利なのだ、自身にそう言い聞かせる勇人であった。笑いとは、その場の雰囲気を掴んではじめて成立するものである。

 それよりも、問題はタックルにある。勇人のタックルは、ヒラメやシーバスを想定したものであり、マグロは範疇にない。道糸がいくら丈夫なPEラインとはいえ、マグロ相手ではどこまで持ちこたえるか想像もつかない。

「しゃあない、ここは長丁場覚悟で行ったるわ!」

 勇人は覚悟を決めた。とにかく、ここはマグロが疲弊した隙を窺うしかあるまい。だが、勇人の意思とは裏腹にマグロは徐々に沖合へと逃げていく。果たして、勇人に打つ手はあるのだろうか!?

「とりあえず、ドラグを緩めてと......」

 勇人は、リールのつまみを回して道糸の締めを緩やかにする。こうすることで、マグロに仕掛けがバレるのを防ぐことができる。あとは、マグロが疲弊するのを待つだけだ。

「おじさん、頑張って!」

 鬼気迫る雰囲気を感じたのか、いつしかのりこは手に汗握って勇人を見守っている。そして勇人もまた、緊張から額に汗がにじみ出ている。

 ドラグを緩めてから数分が経過したが、マグロは疲弊する様子がない。道糸もかなり遠くまで延ばしており、リールの道糸が尽きるのも時間の問題だ。

「正直、しんどいわぁ......」

 マグロのあまりのスタミナに、勇人は焦燥を覚える。この勝負は、マグロの勝ち逃げとなってしまうのか......?

「――おじさんは、一人じゃないよ!!」

 勇人は、のりこの言葉ではっとした。マグロと聞いた人々が、いつしか野次馬となって勇人たちの周囲に集まってきていたのだ。

「マグロ、釣り上げたれーーっっっ!!!」

 後から来た釣り人だろうか? 応援がやけに暑苦しい。

「匂いますよ......? これは、妖怪・マグロドンの匂いですねぇ!?」

 スーツ姿の中年男は、何やら妄言を発している。マグロよりも、彼の正体の方が気になるところ。

「マグロが岸へ近付いたら、この槍をお見舞いしてやるさ!」

 どういうわけか、マタギも紛れ込んでいる。山の住人が、こんなところに何の用があったのだろうか?

 そんな矢先、マグロの勢いが弱まった。これは千載一遇のチャンス!

「よし、ここやっ!!!」

 勇人は即座にドラグを締め直し、リールを一気に巻き上げる! ここから、ようやく勇人の反撃か始まる!!

「マグロはん、人間様舐めたらあかんでぇっ!!」

 勇人の巻き上げには気合が入る。釣り竿は大きくしなり、マグロの重量を容易に想像できる。

「......しもた、マグロが息を吹き返しよった!!」

 しかし、マグロも生きることに必死。勢いを取り戻したマグロに対し、勇人は再度ドラグを緩める。

「勇人、竿が......!?」

 勇人の竿は、いつしか不自然にきしみ始めた。それを見た良行は、この先の言い知れぬ不穏さを予感しているようだ。

「心配あらへん! 日頃からイシダイを相手にしとる釣り竿やっ!!」

 勇人はそういうが、どうみても釣り竿に対してマグロの引きがオーバースペックなのは否めない。そのやり取りに、野次馬達も戦々恐々だ。

「おじさん、頑張れぇっ!!!」

 その不安を振り払うかのように、のりこは心の底から叫んだ。不安なんて吹き飛ばせ!

 そう言わんばかりだ。

「姉ちゃん、おおきに!!」

 その言葉に勇人は勇気付けられた。気付くと、マグロとの死闘から数十分が経過していることに気付く。そして再びマグロは勢いを弱め、勇人のリールを巻きあげる機会が訪れた。

「ここが踏ん張りどころやぁ!!!」

 勇人は思いのままに竿を引き上げる......が、その時!

「バキッ!!!」

 竿先から何か不穏な音が聞こえた気がする......。勇人は恐る恐る竿先を見ると......?

「嘘やろぉぉぉっっっ!!?」

 マグロの強い引きとあまりの重量に、とうとう竿先がへし折れてしまった。

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