第32話 呑ませ釣り

「――ピヤーッ!!!」

 ハヤテはどこからともなく現れた。こんな朝早くから呼び出されても即応するタカは、実に律儀である。

「ハヤテ、向こうの群れから魚を捕まえてきなさい!」

 のりこは沖合を指差す。その指示に応じ、ハヤテは魚群に向かってまっしぐら! 先客であったカモメたちを一掃し、彼は見事にムロアジを捕獲して帰還した。ムロアジはアジの一種なのだが、アジよりもやや細長い体型が特徴的だ。

「よし、その調子でどんどん捕るわよ!」

 岸と沖合の周回を繰り返しながら、ハヤテは大量のムロアジを捕獲した。小学生鷹匠のりこ、ここに爆誕。

「姉ちゃん、おもろいなぁ!!」

 その様子を見ていた勇人は、両手を叩いて大笑いしている。まさか、釣りに来て鷹狩りが見られるなんて誰が想像しただろうか?

「ほんなら、ムロアジ一匹もらうでぇ?」

 大量のムロアジの中から、勇人は活きの良いものを拝借する。すると彼は、大きめの釣り針をムロアジの背中へ引っ掛けた。

「ムロアジはん、お勤め行ってきぃ!!」

 勇人は沖合に向かって竿を振り出し、ムロアジを遠投した。

「もしかしてお前、呑ませ釣りか!?」

 呑ませ釣りとは、アジなどの生き餌を泳がせて大物を狙う釣り方である。ルアーでも同様の魚種を狙うことは出来るが、より大物を狙うなら生き餌に勝るものはない。良行にとって、話に聞いたことはあっても実釣じっちょうを目の当たりにするのは初めてだった。

「呑ませ釣りこそ、ワイの真骨頂やでぇ!!」

 同じ釣り人同士であっても、得意とする釣り方は人それぞれ違う。勇人は、その中でも呑ませ釣りに精通しているようだ。

「おじさん、何が釣れるの??」

 初めて見る呑ませ釣りに、のりこは興味津々。

「これだけ立派なムロアジや。きっとマグロが釣れるでぇ?」

 勇人は大げさな冗談を言う。いかなる時も笑いを忘れない姿勢は、大阪人特有の性格と言える。

「えっ、本当!?」

 のりこはその言葉を真に受ける。果たして、陸釣りで掛かるマグロがいるのだろうか?

「そんなわけあるかい!」

 勇人の言葉を冗談だと承知して、良行はすかさずツッコミを入れる。ボケに対してツッコミを入れるのは、大阪人である勇人に対する礼儀である。

『ハハハッ!!!』

 一同は笑いが止まらない。釣りというのは、こういった和やかな雰囲気が味わえるのも魅力の一つである。

「マグロが釣れたら、むっちゃおもろいやん!!」

 言い出しっぺの当人は、思いのほか笑いのツボが浅いようである。

「勇人、お前は相変わらず面白いよなぁ!!」

 そして、良行も笑いが抑えられない様子だ。彼にとって、これだけ笑ったのは何年ぶりのことであろうか。

「分からないけど、なんか面白い!!」

 話の内容は理解していなくとも、のりこもつられて笑ってしまっている。そんな一同の雰囲気をよそに、勇人の釣り竿に反応が......!

「おい勇人......お前の釣り竿、何か来てるぞ!?」

 竿の反応に気付いたのは良行だった。その竿先は時折小さく脈打っている。こういう時、水中では生き餌が逃げ回っている。つまり、大物が食いつく可能性は非常に高い!

「お? カンパチでも来よったか!?」

 カンパチとは、ブリの仲間にあたる大型魚である。成魚は1メートルほどまで成長し、肉食性であることから呑ませ釣りの対象魚となる。

「え? なになに!?」

 大物への期待感からか、のりこはその様子に釘付けとなっている。釣りというのは、いつでも夢とロマンが待っている。竿先はしばらく脈打った後、突然海中へ引き込まれ始めた。これがいわゆる、というものだ!

「よっしゃ! アタリや!!」

 勇人はすかさずを入れる。これによって、仕掛けを釣魚ちょうぎょへ強固に引っ掛けるのである。

「何や、これはごっつ重いでぇ!?」

 勇人はアワセを入れて気付く。この強い引きは、カンパチのそれと全く違うものだと。

「まさか、サメでも掛かってしもうたか!?」

 羽馴海岸の水深からすれば、近隣にサメが泳いでいても不自然ではない。それを裏付けるかのように、道糸はどんどん海中へ引き込まれていく。

「おい、あれってまさか......!?」

 道糸の遥か先で、大きな魚影が海中から跳ね上がった。すると、その姿を見た良行は驚愕してしまう。

『......マグロォォォッッッ!!?』

 海上を雄々おおしく跳ねる、風格あるその姿。それはれっきとしたマグロであった。嘘から出たまこととは、まさにこのことである。

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