第31話 朝釣りの語らい
「和泉! 久しぶり!!」
それに気付いた良行が返事をする。そこに、友人である和泉勇人の姿があった。
「元気にしとったかワレぇ!」
数年ぶりの再会に歓喜し、互いが熱い握手を交わす。二人は湾岸銀行の同期であり、当行の新人研修を経て知り合った。研修後は別々の支店へ配属されたが、SNSを通じて連絡を密にしていた。なお、京子も二人の同期であるが、良行が彼女の存在に気付いたのは研修後の話である。
「おぉ、その子がのりこちゃんかぁ!」
勇人はのりこを見るなり、彼女の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「おじさん、はじめまして! 島長のりこだよ!」
力強く撫でる勇人に対して、のりこはにこやかに挨拶をする。彼女は、どことなく嬉しそうな表情だ。
「なんや、えらく変わった釣具屋やねんなぁ?」
おにぎり屋を初めてみた勇人の印象がこれである。その品揃えを見てしまっては、とてもおにぎり屋とは思えまい。
「関西の旦那、ウチはいろいろ揃ってるよ!」
結は早くも勇人に商品を買わせようとしている。これは商戦の予感......?
「せやなぁ、
前回のいちごみるくもそうだが、今回のはちみつれもんおにぎりもなかなかに変わり種である。勇人は、そういった珍しいものに対して
「関西の旦那、実にお目が高い!」
それに気付いてもらえた結は、とても感激している様子。そして、勇人は間髪入れずにお茶も注文する。
「――締めて300円、一見さんお値引き206円でどうでぃ?」
少々分かりにくいが......結としては
「ほんなら、200円でええんちゃうん?」
それに気付かず、勇人は更なる値引き交渉を試みる。彼は、同期の中でも筋金入りのケチだと有名だった。そんな性格のせいか、未だに独身を貫いている。
「しゃあねぇ......今回だけな!」
結は値引き交渉をしぶしぶ受け入れる。ケチな人間に、酉の市のやり取りなど通用するはずもない。それは分かっていても、結の表情はどことなく悲しげだ。
「ほな、おおきに!」
一方、値引き交渉に成功した勇人は達成感に満ち溢れていた。
――おにぎり屋を後にした一行は、さっそく釣りを開始する。今回は主にアジを狙っていく。羽馴島のアジは大ぶりで身が引き締まっていると有名だ。そして、仕掛けはコマセを使ったサビキ釣り。撒き餌で魚をおびき寄せて仕掛けを食わせるという簡易さから、初心者や家族連れにもお勧めの釣り方である。
「おかしいなぁ、魚が全く食わないぞ......?」
時は魚達の活性が高まると言われる朝マズメ。しかし、それにも拘わらず仕掛けにはアタリがない。
「まぁ、釣れへんのも釣りの楽しみっちゅうもんや」
先程のケチから
「入行当初の良行は、えらく目がぎらついておったな。『俺は頭取になる!!』ゆうとったさかい」
アタリがなくて少々苛立っている良行を見て、勇人は研修時代を懐古している。彼の話しぶりから、新人時代の良行は相当血気盛んだったのだろう。
「......よせやい、昔の話なんて」
その話を聞いた良行は気恥ずかしいのか、頭をポリポリと掻いている。
「そんな良行が、まさか羽馴島へ異動願を出すとは思わんかったわ」
当時の様子を知る勇人からすれば、良行の異動は意外だったのかもしれない。
「俺は家族が出来て、仕事よりも家族との時間を大切にしたいと思った。そんな思いから、支店長へ異動願を出したのさ」
都心で生活していた頃の良行は、仕事に忙殺されていた。その結果、家族との時間が疎かになっていたことを反省した。良行が離島へ引越しを決意したのは、ひとえに家族への愛である。
「そういう勇人は、結婚まだなのか?」
人は三十路に入ると、専らの話題は家族のことだ。
「ワイは自由が好きやねん。それに、ケチな男は嫌われるさかい」
勇人は自嘲気味に語るが、内心は寂しいのだろう。自由と孤独は常に手を取り合っている。
「そんな謙遜するなよ。勇人にだって、きっと伴侶は現れるさ?」
良行は、勇人を勇気付けようと言葉を掛ける。このような語らいは、互いを信頼しているからこそである。
「......毎度おおきに」
良行の心遣いに、自然と勇人から笑みがこぼれる。
「――魚なんて、全然釣れないじゃない!」
一方、子供であるのりこにとって、アタリのない時間はあまりにも苦痛のようだ。彼女の目はいつしか、鬼のように吊り上がっている。
「こうなったら、こっちから魚を捕りにいくわ!!」
そういうとのりこは口笛を吹き鳴らす。それは、遥か上空にまで届きそうな音色だ。
「――ピヤーッ!!!」
すると、どこからともなくハヤテがやって来た。こんな朝早くから呼び出されるタカも、実に難儀なものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます