第34話 死闘の果てに......

「嘘やろぉぉぉっっっ!!?」

 マグロの強い引きとあまりの重量に、とうとう竿先がへし折れてしまった。これだけの激しい戦いを繰り広げているのだから、それも当然である。

「けどまぁ、竿が折れたくらいでワイの心は折れへんでぇ!!」

 勇人の心は折れるどころか、むしろ闘志に火が付いてしまったようだ。この闘い、絶対に負けられない!

「勇人、お前は釣り人の鑑だ......!!」

 彼の不屈の闘志に、良行はえらく感動している。古今東西、熱い戦いは人々の心を魅了するのだ。

「おじさん、負けるなぁ!!」

 もちろん、のりこの応援も熱い。

『君の声が力になる! 君の心が力になる!』

 のりこの応援に合わせて、野次馬達も盛り上がっている。観衆の応援は、挫けそうな時の何よりの活力剤となる。

「みんなの力、ワイに分けてもらうでぇっっっ!!」

 観衆の応援を受け、勇人は全身に力がみなぎる。

 ――マグロとの死闘から1時間が経過しようとしていた。勇人とマグロの攻防は一進一退であるものの、勝利は確実に近付いてきている。そして、その魚影が一同の眼前に姿を現した。

「......なんやこの魚!? ごっついマグロや!!」

 その容姿はマグロそのもの。しかし、そいつの口には鋭い牙が生え揃っているではないか!

「関西の旦那、こいつはマグロじゃねぇ......だ!!」

 いつしか結が本業そっちのけで観衆に紛れていた。イソマグロというのだから、マグロではないのか?

「マグロちゃうん? 意味分からんわっ!!」

 勇人は首をかしげる。紛らわしい話だが、イソマグロはマグロではなくサワラやハガツオの仲間に分類される。マグロという名前を冠している故にややこしい話だ。しかしながら、その引きは本家のマグロに匹敵するといっても過言ではない。

「とにかく油断しちゃならねぇぞ、関西の旦那!」

 イソマグロとの闘いに終止符を打つため、結は勇人を鼓舞する。勝利は、もはや目前にあるのだから!! しかし、イソマグロも最後の力を振り絞って抵抗している。魚本来の生存本能が、その抵抗を促しているのだ。

「もう少しだ。岸まで寄せれば、あとはヤツのエラにギャフを掛ける!」

 観衆の中に、漁から帰港してまもない漁師の姿があった。彼は、ギャフと呼ばれる鉤を持って構えている。

「......おおきに!!」

 勇人の表情には疲れが見えている。1時間近くイソマグロとの格闘を繰り広げているのだから、それも当然である。イソマグロもまた、疲労困憊でもはや抵抗を諦めている。そいつは、勇人へその身を預けるように道糸に手繰られていく。

「うおぉぉぉっっっ!!!!」

 勇人は最後の力を振り絞り、イソマグロを引き寄せる。イソマグロとの長い死闘は、まもなく終焉に向かおうとしている。

「来たぞっ!!」

 岸に張り付いたイソマグロを、漁師はギャフで引っ掛ける。その巨体はずしりと重く、数人がかりで岸へ引き上げた。その大きさは、なんと体長2メートルにも及んだ!

『......やったぁ!!!』

 観衆から歓声が沸き上がる。それはさながら、苦楽を共にしたスポーツ団体のチームメイトのようだ。

「やったな、勇人!!」

 良行は勇人の健闘を称え、熱い抱擁を交わす。

「やったで、良行!!」

 勇人もまた、その抱擁に熱い気持ちで応じる。男の友情はいつだって、とてつもない熱気を帯びているものだ。

 その後、勇人は観衆と共に記念撮影をした。観衆とイソマグロを囲む様子は、スポーツ団体のチームメイトそのものだ。

「このマグロさん、歯が恐いっ!」

 のりこはイソマグロの魚体を観察する。マグロを思わせつつも、その魚体はやや細身である。そして何より、マグロに似つかわしくない鋭い牙が並んでいる。その牙の餌食になったムロアジは、もはや原型を留めていない。

「マグロといったら解体ショー! やらいでかっ!!」

 結はマグロ包丁を振り回し、気合十分である。どうやら、兄のつかさからこっそり借りてきたようだ。

『いよっ! 日本一!!』

 結のマグロ捌きは観衆を魅了した。彼の腕により、イソマグロはあっという間に切身へと姿を変えていく。さすがは元板前、その腕前は今も健在だ。

「へいお待ち! イソマグロの握りだよ!!」

 露店には、カウンターいっぱいにイソマグロの握りが敷き詰められていた。大衆はすかさず群がった。

『これは旨い!』

 観衆から、絶賛の声が次々と上がる。イソマグロの身は本家のマグロと違って、桜色を思わせる淡泊な色合いが特徴だ。また、その味わいはマグロより控えめだが、確かな旨味がある。

「美味しい!」

 のりこも観衆達と同様、その味わいを絶賛している。

「良かったなぁ、勇人!」

 良行に至っては、何故か感涙している始末。

「イソマグロ、最高や!!」

 そして何より、勇人からは満面の笑みがこぼれていた。大物を釣り上げて、その命をいただく。それこそが、釣り人にとって至福のひと時なのである。

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