第14話 空手少年現る

 のりこ達が転校してきてから数週間が経過し、学校生活にも慣れてきた。のりこは同級生が男子ばかりで不満を抱いていたが、紅一点という事もあり男子たちに手厚くもてなされた。

「私ね、めっちゃ機械音痴でスマホ持ってないんだぁ」

 のりこはすっかりクラスに馴染んで、休み時間は決まって同級生と談笑している。そこに、ある男子が彼女へ声を掛ける。

「お前、のりこって言ったな。受け取れ」

 道着姿の少年は、ぶっきらぼうな言い方でのりこへあるものを渡し、その場を後にする。

「???」

 平仮名ではたしじょーと書かれた手紙。のりこには、それが何か分からない様子。

「お? 何だ何だ??」

 その手紙に、他の男子達が集まる。

「無口な岩男が手紙なんて珍しいな?」

 彼の名はどもん、普段から道着姿の変わった少年だ。元々島外の住人で、とある事情から親元を離れて空手の修行に明け暮れている。基本的に物静かな性格で、同級生からは岩男というあだ名がつけられているほどである。

「もしかして、あいつなりのラブレターじゃね?」

 男子達は、面白おかしくのりこを茶化す。

「やめてよ! まだ心の準備ができてないわ!!」

 のりこは早くも気持ちが先走っている。おそらく、彼は果たし状と書きたかったのではないだろうか。そんなのりこに構わずある男子が、はたしじょーを勝手に開封する。

「ちょっと! 勝手に開けないで!!」

 のりこは何故か顔を赤らめている。

「えっと、『あすのゆうこく、こうていにてきでんをまつ。』だって?」

 男子達は顔をしかめる。一体何のことやら、といった表情。

「とりあえず、明日まで待てってことじゃね?」

 ある男子が適当に相槌を打つ。まもなく休憩時間が終わり、皆散り散りになる。のりこは話が理解できず置き去りにされた格好だ。

 放課後、のりこは先程の手紙を家族へ見せた。

「はたしじょー? あぁ、果たし状って言いたいんだね!」

 りょうたは理解が早かった。

「果たし状って、R・O・Pで小次郎が武蔵に宛てた手紙みたいなやつ?」

 のりこは、それがようやく果たし状であることに気付いた。漫画からの知識とはいえ、果たし状自体は理解していた。

「うん。つまり、決闘を申し込まれたってことだね」

 りょうたは平然とした顔で言う。

「決闘......わくわくするわね!」

 どういうわけか、のりこの闘争心に火が付いた。

「それでそれで、文章は何が書いていあるの??」

 のりこは食い気味にりょうたと話を続ける。

「文面は......『明日の夕刻、校庭にて貴殿を待つ。』つまり明日の夕方、校庭に来いってことらしいね」

 りょうたはさらりと説明した。

「なんか知らないけど、明日が楽しみね!」

 のりこの闘志は早くも燃え上がる。その興奮を抑えて彼女は寝床に着いた。

 次の日、のりこは胸の高鳴りが抑えられず、終始気持ち悪いほどににやけていた。その様子に、周囲は若干距離を置いている。異様なクラスの雰囲気に、先生もどう対処していいのか分からず困惑している。

「のりこちゃん、何かいいことでもあったの?」

 先生が辛うじて、のりこへ掛けた言葉がこれである。

「うん、今日は決闘するんだ! わくわくする!」

 物騒な言葉を、のりこは清々しい顔で言ってのける。

「のりこちゃん、喧嘩は駄目よ?」

 先生なりに彼女を宥めようとしたが、これが彼女の逆鱗に触れる。

「先生! 男の戦いを邪魔しちゃいけない!」

 のりこは、一体いつから自分を男だと錯覚していたのか? 彼女は、興奮気味に握り拳をぶんぶん振り回している。

一方、どもんはいつものように沈黙を貫いている。彼の真意はどこにあるのか? それは彼のみぞ知ることだ。

 いつしか夕刻が迫り、両者は下校の時を今かと今かと待ちわびている。のりこは、帰りの会という時間が煩わしい様子。それに対し、どもんはおもむろに口を開く。

「......木鶏もっけいたりえず」

 彼は冷淡に言い放つ。

「ん? 模型が足りない??」

 のりこには言葉に意味が分かっていない。武道において、相手に動じず静かに闘志を燃やすこと。木鶏とは、このような精神的境地を指すものである。どもんの態度は、まさにこれを体現していると言って差し支えない。

「のりこ、俺は校庭でお前を待つ」

 どもんはそう言い残し、教室を後にする。大事な事だが、まだ帰りの会は終わっていない。

どうやら、木鶏たりえないのは彼もまた同じ。幸か不幸か、どもんが退席している事実を差し置いて帰りの会が始まり、そして終わった。彼の影はそれほど薄いということか。

 帰りの会が終わり、のりこは校庭へ急ぐ。グラウンドの中心で、どもんは腕組をして彼女を待ちわびていた。

「......遅かったじゃないか」

 帰りの会を抜け出した男の言い草がこれである。もう一度言うが、彼は木鶏たりえていない事実に気付いていない。その証拠に、どもんの瞳はすでに闘志で燃え上がっている。

「どもん、帰りの会はきちんと出なさい」

 冷静さにおいては、のりこに軍配が上がるであろう。

「それよりのりこ。お前、覇道の使い手だな?」

 どもんの突拍子もないし問いに、のりこは思わず固まった。

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