第5話 お寿司屋さん!
荷ほどきも一段落すると、夕刻が迫っていた。
「さて、冷蔵庫に入れる食材を調達しないといけないわね。けど、今日は疲れたから出前とりましょうかね?」
京子は羽馴島のパンフレットを眺めている。親切にも、源さんが島内のグルメ雑誌を持ってきてくれたのだ。
「意外と多いのね、飲食店」
京子は目移りしてしまい、注文を決めかねているようだ。すると、のりこがすかさず指を差す。
「おかあさん! 時代は今これを求めている!!」
そこには、何だか高級そうな寿司屋の特集が書かれていた。
「えーっと......何々、寿司処・米山?」
京子は不思議そうな顔をしている。それは、どことなく聞き覚えがあるような名前だったからだ。もしや、今朝おにぎりを買った露店と姉妹店なのではないかと......。
「おかあさん、いちごみるくはきっと美味しいよ!!」
またか......その話を聞いた良行は怪訝な顔になる。おそらく、のりこはただ単にいちごみるくが食べたいだけである。しかし、いちごみるくの何が彼女をそこまで魅了するのだろうか。
「仕方ない。みんな大掃除頑張ったから今日は奮発しましょ!!」
京子は思い切りがいい。一度こうだと決めたら即決する性格は、のりこにも引き継がれている。
「やったー! おかあさん大好き!!」
のりこは喜びのあまり小躍りしてしまう。りょうたもお寿司と聞いてにこやかだが、良行は懐が心配なのか苦い顔をしている。
「京子さん、一度決めたら意見を変えないからなぁ」
彼の様子を尻目に、京子はすかさず寿司の注文を入れる。良行は今一度パンフレットを眺める。
「あれ......?」
彼は何か気付いたようだった。注文から30分くらい経過した頃にインターホンが鳴る。
「はぁい!」
京子は玄関へ向かう。
「へいお待ち! 握りたての寿司をお届けだよっ!!」
京子は驚愕する。そこにのりこも続く。
「あっ! 朝のおにぎり屋さん!?」
なんと、今朝の露店でおにぎり屋をしていた店主に瓜二つの容姿をした男が、寿司を配達したのである。二人の目が点になっていることに気付いたのか、男は答えた。
「おう、
なるほどそういうわけだったのかと、京子は納得した。しかし、のりこはまだ理解が追い付いていない様子だ。
「......はっ! そうだ! おじさん、いちごみるくは入ってる!?」
のりこは思い出したように男へ尋ねる。
「......? あぁ、これのことか?」
男はそれとおぼしきネタを指しながら言う。
「おじょうちゃん、これは赤サバっていう魚だ。いちごじゃないけどとっても旨いぜ!」
男は誇らしげに語った。
「弟が世話になったみたいだからな。7,000円のところ、今日は4,649円にしとくぜ!」
どうやら、男はよろしくという洒落を込めて値引きしたらしい。しかし、京子は首を横へ振り現金を男へ渡す。
「値切った分はご祝儀で!」
男は感嘆する。
「......おかあちゃん、粋だねぇ!」
このやりとりは今朝の光景を彷彿とさせた。そして、男はにこやかな表情でその場を後にする。京子がリビングへ寿司を運び、いよいよ一家の夕食が始まる。
「いちごみるく、とっても美味しい!!」
のりこは思わず舌鼓を打つ。良行は寿司を味わう傍ら、男が持ってきたおしながきを読んでいた。その中には、先程の赤サバのことも書かれていた。
「なるほど、この魚は赤サバっていうのかぁ」
赤サバは羽馴島近海で漁獲される地魚の一種であり、全身は鮮やかな
「この魚、とっても美味しいわね。のりこがいちごみるくって言い出したときは少しびっくりしたけど」
京子もいちごみるく......もとい、赤サバに舌鼓を打つ。その中で、りょうたはその雰囲気に関係なくツナマヨ軍艦へ手を伸ばす。
「僕はやっぱりこれが一番!」
どうやら、彼は筋金入りのツナマヨ好きのようである。一家が寿司を味わう中で京子が何気なく言う。
「そういえば、裏庭に建物があったわね。あれって一体何なのかしら?」
件の建物について、先代オーナーからはあまり詳しく話を聞いていなかった。ただ、倉庫として利用していたということだけは確かであった。
「近いうちに、建物の中も調べてみようかしら!」
京子は好奇心旺盛で、気になることがあると体がうずうずしてしまうらしい。そんな好奇心を抑えつつ京子は言う。
「さて、明日は月曜日だから夜更かし厳禁よ!」
京子は、気持ちを切り替えて風呂を沸かしに向かった。そして、島長一家の羽馴島生活初日はこうして終わった。
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