第4話 大掃除!
新居に到着してから、のりこは家中をあちこち駆け回っている。
「お姉ちゃん、さっきから騒がしいなあ......」
黙々とゲームをしているりょうたにとっては少々迷惑そうである。
新居に着いたのはいいものの、引越しの荷物の届く時間まで少しばかり時間を持て余している。
「そうだ、Wi-Fi接続しないと通信費が大変なことになっちゃう。おかあさん、Wi-Fiのパスワードは?」
りょうたは京子へ尋ねる。
「このうちね、まだ光回線は通ってないの。ごめんね」
京子は申し訳なさそうに答える。
「そっかぁ。じゃあ、しばらくゲーム控えないとな......」
りょうたは少し残念そうだ。新居は長らく別荘であったためか、家具家電が少々古めかしく時代錯誤している。インターネット環境など到底整えられていない。
「このテレビ、よく見るとサンイン製だ。懐かしいなぁ」
サンイン電器とは、かつて実在した大手家電メーカーで、製品の耐久性が非常に優れていることで定評があった。特に、ダイナマイトの爆発に耐えたテレビは世界的に有名。しかし十数年前に経営破綻し、事業拡大を目論む通信会社のビッグバンが買収した。
そう呟いた後、良行はおもむろにテレビのスイッチを入れる。
『――おしゃれなデザイン! 頑丈なボディ! 光速レスポンス! 君のスマホライフも充実すること間違いなし! 銀河へアクセス! ビッグバン!!』
偶然にも、ビッグバン製の新型スマートフォンの宣伝が流れた。ビッグバンは宇宙をテーマにコマーシャルを制作することから、ビッグバンといえば宇宙というブランディングが確立している。
「おとうさん、僕も新しいスマホ欲しい!」
りょうたは新しい電化製品に目がない。特に、スマートフォンに関しては。
「まあそのうちな。お姉ちゃんもスマホ持ってないわけだし」
良行はそれとなく話を逸らす。
「......聞き捨てならないわね。私は自分の意志でスマホを持たないだけよ!」
のりこが、どこからともなくやってきた。良行はあらぬ横槍に、内心しまったと思った。
どういうわけかのりこは、現代っ子にそぐわないほど機械音痴でテレビ以外の家電は悉く使いこなせない。そのため、機械に対し異様なまでのコンプレックスを抱いているのだ。
「ごめんのりこ、おとうさんが悪かった」
良行はのりこをどうにか宥める。のりこはむやみに怒らせると執念深く、1週間近く家族と口を利かなくなることも珍しくない。
『ピンポーン!』
のりこたちが揉めている最中、インターホンが鳴った。
「はーい!」
京子が玄関へ向かう。
「こんにちは、あかべこ運輸です。お荷物をお届けに上がりました」
ようやく引越しの荷物が到着した。
「お荷物はどちらへ運びますか?」
引越し業者は尋ねた。段ボール箱が複数あったので、玄関にはとても置ききれない。
「そうね......とりあえず、ベランダに置いていただけます?」
京子はそう答えた。良行はここぞとばかりにベランダへ向かう。
「はい、承知しました!」
引越し業者は荷物を取りに向かう。
「おとうさん、待って!」
のりことりょうたも後に続く。すると間もなく、引越しの荷物がベランダへ続々と並べられていく。
「ありがとうございました! 私はこれで失礼いたします」
引越し業者は島長邸を後にする。
「思いのほか大荷物ねえ」
京子は溜息交じりに呟く。このままでは、ベランダに足の踏み場もない。
「えっと、確かこの箱だったはず......」
京子はおもむろに箱を開ける。その箱には手書きで星印が付いていて、中には雑巾やモップなどの清掃用具とおぼしきものが入っていた。
「のりこ! りょうた! お掃除手伝ってちょうだい!」
京子は二人に清掃用具を手渡した。
「二人が汚いと思うところを、思いっきり掃除してちょうだい!!」
京子の指示は至極大雑把である。彼女自身、細かいことをとやかく言うのはあまり好まない性分である。
「はーい!!」
のりこはモップを持って走り出す。彼女は大掃除と聞くと躍起になる。
「はぁい」
りょうたはあまり乗り気でなく、しぶしぶ雑巾を持ち出す。彼は基本的に、自宅でのんびりしていたい性格なのである。
「このサイクロン掃除機、吸引力が全然違うわ!!」
京子は部屋中に掃除機をかける。この掃除機、実はビッグバン製の最新式で吸引力・稼働時間に定評がある。かねてから京子が注目していた機種で、良行には無理をいって購入してもらったのだ。
「良行さん、ありがとう!!」
京子が上機嫌な様子を見て、良行は笑みを浮かべた。そして、彼は荷ほどきに俄然気合が入る。そんな矢先、庭の方から犬の鳴き声が聞こえてきた。
「ケン! 勝手に入っちゃダメ!!」
源さんが犬に引っ張られながらやって来た。一見すると白黒の柴犬に見える。
「源さん、お散歩ですか?」
良行が尋ねた。
「ええ。この子ったら、小柄な割には力が強くて――」
小型犬の体格にして、大人一人を引っ張るとはなかなかの体力の持ち主である。
「源さんこんにちは! 可愛いわんちゃんだね!!」
いつの間にかのりこがベランダへ来ていた。のりこはケンの頭を優しくなでる。彼も気を許したのか、のりこの手を舐め回す。
「ケンがここまで懐くなんて珍しいわね」
源さんは少し驚いた様子だった。どうやら、のりこには動物が気を許す何か特別なものがあるようだ。
「では、私はこれで失礼いたします――」
源さんは散歩を再開した。ケンは何となく寂しそうな顔をして島長家を後にする。
「よし、掃除再開するぞ!」
良行は合図を掛けると、のりこは持ち場へ戻った。
島長家の新生活は準備真っ最中である。
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