第3話 新しいおうち!

 のりこ達はバスに揺られていた。道のりは約20分ほどであるが、他の乗客は乗ってくる様子がない。車内はとても静かで、子供達が退屈そうにしている。

「おとうさん、新しいおうちはまだー?」

 のりこはつまらなそうな表情だ。一方、りょうたはスマートフォンのゲームに夢中な様子。

「よし、木の神殿のボスまで来たぞ」

 彼がプレイしているのは、エレメンタル・ビーストという子供達の間で流行しているスマートフォン向けの育成型バトルRPGの事である。詳細は別の機会で触れるが、やりこみ要素があるなど大人からも一定の支持があるほどだ。

「そんなものによく夢中になれるわね」

 のりこは皮肉交じりに言う。それもそのはず、のりこも過去にこのゲームをプレイしていたが、りょうたとの対戦で完膚なきまでに敗北した経験がある。のりこの言葉にはそのような恨み節も含まれていた。

「あー、つまんなーい!」

 のりこは時間を持て余す。そんな矢先、車窓からある光景が見えた。

「おとうさん、あれ何?」

 のりこは思わずそれを指差す。

「あれは神社かな? けど、あそこまでどうやって行くんだろうか」

 車窓から見る限り、海を隔てた先にぽつんと小さな神社が見える。しかし、付近は岩場であるため船による航行は難しいように見受けられる。

「ふーん、へんなのー」

 そう言いながらも、のりこはその神社を見つめてしばらく無言になっていた。さながら、何かに魅入られたかのように。

 一方、良行はふと車内の電光掲示板に目を遣る。

羽成はなれ神社......変わった名前だな?」

 良行は何気なく呟く。それと同時に良行の意識が遠くなる。

『――次は、いぬい

 車内にアナウンスが掛かり、京子はすかさず降車ボタン押した。

「良行さん、起きて」

 京子は良行に声を掛ける。

「......あぁ、いつの間にか寝ていたか」

 良行は寝ぼけ眼である。バスに揺られて心地良かったのであろう。りょうたはスマートフォンの画面を閉じて降車態勢に入り、のりこもそれに気付いて座り直す。

『――乾に到着です。ご乗車、ありがとうございました。お忘れ物等にご注意ください』

 良行一家は支払いを済ませ、バスを降車する。バス停の周辺は草木が生い茂っており、人気があまり感じられない。

「新しいおうちはどこ?」

 のりこは辺りを見回す。しかし、家らしき物体は見当たらない。

「ここから東へ10分くらい歩くぞ」

 良行はのりこにそう告げる。

「まだ歩くのぉ?」

 のりこはけだるそうな表情を浮かべた。

「のりこ、嫌ならここで待っててもいいのよ?」

 京子は厳しい口調で言った。のりこはしぶしぶついていくことにした。新居への道は緩やかではあったが坂道が続き、徒歩で向かうには少しばかり足腰には負担が掛かる。周囲は相変わらず雑木林が広がっていた。

 しばらくすると、ようやく集落が見えてきた。のりこの表情には疲れが見える。

「おかあさん、疲れたぁ......」

 のりこは思わず弱音を吐く。

「のりこ、頑張ったわね。お疲れ様!」

 京子はのりこを優しくいたわる。

「よし、ここが今日から俺達の新しい家だ!」

 そこには一軒のログハウスがあった。中古物件であるものの、広々としていて四人家族で暮らすには申し分ない。

「ここが新しいおうち......すごぉい!!」

 のりこの疲れは一瞬にして吹き飛んだ。羽馴島へ引っ越す以前、のりこ達は都内の賃貸マンションで暮らしていた。そのため、のりこは一戸建て住宅での暮らしに憧れを抱いていた。その夢が今ここに実現した。のりこは喜びのあまり庭を駆け回ってしまう。

「おとうさん、おうちの中も見たいっ!!」

 のりこの期待は高まるばかり。良行が家の鍵を開けると、やはりのりこは我先にと家の中へ進んでいく。

「おうちの中も広ーいっ!!」

 のりこは相変わらず走り回っている。

「まさか、俺もここまでの物件を見つけられるとは思わなかったなぁ」

 良行が羽馴島の物件を探していたところ、不動産業を営む取引先からの紹介があった。先代のオーナーが別荘の売却を検討していた矢先、偶然にも良行へ紹介する運びとなった。おまけに、家具家電も付属されているという気前の良さに先代オーナーの心意気を感じられる。

「テレビも冷蔵庫もおっきぃ!!」

 のりこにとって、ここは理想郷に他ならない。その声を聞きつけて、ある老婆がやってきた。

「あら、よしゆ......ごめんなさい、こちらへ越してきた人だね?」

 老婆は何かを言いかけたが、とっさに撤回する。互いに初見であるはずだが、何故か老婆は旧友に再会したかのような眼差しで良行を見つめている。

 良行はそれに気付きお辞儀をする。

「はじめまして、本日よりこちらへ越してきた島長です。よろしくお願いします。これ、つまらないものですが......」

 良行は老婆の眼差しを不思議に思いながらも、彼女へ手土産を渡した。

「まぁ、ご丁寧にどうも。私は近所に住む源と申します。どうぞよろしく」

 老婆からはどことなく品の良さを感じる。おそらく、とても温厚な人柄なのだろう。

「誰々―っ!?」

 いつの間にか、のりこが玄関へ戻ってきた。

「のりこ、ご近所の源さんだよ。ご挨拶して」

 良行はのりこへ促す。

「はじめまして、島長のりこです! よろしくお願いします!!」

 のりこの挨拶ははつらつとしていた。京子とりょうたもそれに続いてお辞儀をする。

「あらあら、元気な子ね! こちらこそよろしくお願いします」

 のりこの活気ある挨拶に、源はにこやかな笑顔で返した。

 島長一家の羽馴島生活は、ここから始まる。

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