第2話 おにぎり屋さん!

 船を後にしたのりこたちは、最寄りのバス停に向かった。

 バス停へ到着すると、良行は時刻表を眺める。

「えっと、次の便は......ん? あと30分後??」

 羽馴島はほぼ円形上の地形をしており、バスは約1時間で島内を周回する。なお、バスは1時間に1便である。残念ながらバスは船の発着に連携しておらず、良行一家が到着する直前に前便が発車してしまっていた。

「仕方ない、次の便を待つしかないか......」

 良行はため息交じりに呟く。

「――おとうさーん!!」

 遠くからのりこが呼んでいる。一体何だろうか。

 良行が向かってみると、ある露店があった。

「へいらっしゃい!」

 寿司屋の大将のように店主は声を掛けるが、看板をよく見ると「おにぎり屋・米山」と書かれている。見た目に反し、寿司は取り扱っていないようだ。

「あんた、お嬢ちゃんのおとうちゃんかい? 今日はいいにぎりが揃ってるよ!」

 再度伝えるが、この露店のいうとはの事であって寿司のことではない。

「大将、今日の一押しは?」

 のりこは店主のクセの強さに早くも順応している。子供の慣れの早さは目を見張るものがある。

「お嬢ちゃんノリがいいねぇ。そうだな、今日の一押しは――」

 しかし、のりこは間髪入れずに答える。

「大将! いちごみるく2貫!!」

 再三伝えるが、この露店でにぎりは取り扱っていない。しかし良行の指摘は別にあった。

「え? おにぎりにいちごみるく!?」

 おにぎりとしてはあまりの変わり種に良行は驚愕する。

「おおっ!! お嬢ちゃん目利きだねぇ!!」

 店主は大変にご満悦である。

「大将、いちごみるく3貫に変えて。あとは、ツナマヨ2貫とこんぶ2貫と――」

 すかさず京子が注文を入れる。いちごみるくの他にも指摘箇所はあるが、良行の理解がとても追いつかなかった。

「えーと、おにぎりが全部で8貫とお茶が4本。いちごいるくはお嬢ちゃんに免じて値引き。しめて900円でどうでぃ!?」

 大将、もとい店主は粋な計らいをするなぁと良行は感心した。

 それをよそに京子は淡々と会計を済ます。

「......おかあちゃん、粋だねぇ!」

 京子は元値で支払い、店主は思わず唸る。

「値切った分はご祝儀で!」

 そう言い残すと、京子はのりことその場を後にする。いろいろ理解の追いつかない良行は唯一理解した。そう、きっとこれは酉の市なのだろうと。

 次のバスが到着するまでにはまだ時間がある。そこで、良行たちは近くのバス停近くのベンチで朝食をとることにした。雄大な自然を背景に食事をすることは何とも言えず格別なものである。しかし、良行の注目はそこに至らない。さきほどの購入したのおにぎりが気になって仕方がない。いまだに良行の理解は追いつかない。

「いただきまーす!!」

 のりこは勢いよくいちごみるくのおにぎりに食らいつく。

「んーっ!! いちごみるくとお米の共演がたまらない!!」

 のりこなりのグルメリポートのつもりなのだろうが、何だかしっくりこない。

 一方、京子の反応は冷ややかなものだった。

「......確かにいちご自体は甘みがあっておいしいけれど、おにぎりとは別々に食べたいものね」

 京子の感想は妥当であろう。京子はこの味を共有したいらしく、りょうたと良行にも分割して勧める。二人はしぶしぶそのおにぎりを試食する。当然のごとく二人の表情は歪む。

「おかあさん、このおにぎり味がおかしいよぉ......」

 りょうたは独特の味に思わずおにぎりを京子へ突き返す。京子は代わりに彼の好物であるツナマヨのおにぎりを渡す。

「うん、ツナマヨが一番美味しい!!」

 りょうたに笑顔が戻る。京子はこれを見越してツナマヨのおにぎりを買っていたあたり、堅実である。

「ああ、いちごみるく最高!」

 のりこはいちごみるくのおにぎりがえらく気に入ったようだ。なお、良行はこんぶのおにぎりが大好物である。いちごみるくの話が焦点になってしまっているが、それを除けばいたって平凡な家族の和やかな雰囲気が漂っている。時間は瞬く間に過ぎ、いつしか遠くにバスの面影が見えてきた。

「みんな、バスが来たぞ!」

 良行が呟くと、家族は一斉に朝食の後始末をしてバス停へ向かう。特に、のりこは我先にとバス停へ猛進する。

「のりこ、急がなくてもバスは逃げないぞ」

 良行はのりこを諭すが、当の本人は聞く耳を持たない。

「おとうさんもおかあさん、それにりょうたも遅い」

 のりこは誰に似たのか、せっかちな性格である。そんなのりこの後に続き、家族はバスへ乗車する。

『発車します』

 アナウンスとともにバスの扉が閉まる。車内は他に乗客がおらず、さながらのりこ達の専用車のようだった。そして、バスは一家を乗せてゆったりと進む。羽馴島の生活はまだ始まったばかり。

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