のりことりょうたの離島暮らし

みそささぎ

第1話 羽馴島(はなれしま)へやってきた!

「おとうさん、島が見えたよ!」

 意気揚々と甲板ではしゃいでいる女の子。彼女はのりこ、小学3年生。初めて見る離島に喜びを隠せない。

 水平線に日が昇り、離島に陽光が掛かっている。その光景に彼女は思わず息を呑んだ。

「のりこ、あんまりはしゃぐと危ないぞ」

 おとうさんはのりこをたしなめる。

「だって、ずっと海しかなかったんだもん」

 のりこは長旅で水平線を眺めることに飽き飽きしていたようだ。船は本土から半日がかりで航行していたので、子供からすれば長い時間であったことは言うまでもない。

「のりこ、とっても楽しそうだ」

 おとうさんは、のりこの嬉々とした様子にご満悦だった。


 一方、こちらは客室内。

「おかあさん、気持ち悪いよぉ......」

 初めての船で船酔いを起こしている男の子。彼はりょうた、小学1年生でのりこの弟である。

「りょうた、もう少しの辛抱よ」

 苦悶の表情を浮かべる彼の背中を、おかあさんは優しくさすっている。しかし、そんな彼に追い打ちが掛かる。

『――まもなく、本船は着港態勢に入ります。乗客の皆様には離船の準備をお願い致します。また、着港の際に船内が大きく揺れますのでご注意下さい』

 船内にアナウンスが流れる。するとまもなく、船内は大きく横揺れし始めた。

「おかあさん、僕もうだめ......」

 りょうたは船内の横揺れに耐えられず、とうとう嘔吐してしまった。おかあさんはそれを見切っていたかのように、そっと彼の口へエチケット袋をあてがう。彼にとって、船旅は難儀なものである。


 その頃、のりこは甲板での光景に興奮を隠せずにいた。

「すごい、船が横に進んでる!!」

 着港時、船体は一度旋回し岸に対して平行になり、その状態から横向きで岸へ着港していく。その光景がのりこにとって新鮮なものに映った。

「おお、海がエメラルドみたいじゃないか」

 着港するにつれ、島の全体が明らかになる。海は澄んだ翡翠色をしており、海底が透けて見える。そのため、魚影も濃く彩りに溢れている。海岸は広い砂浜で囲まれているが、地質は全体的に黒く見える。おそらく熔岩質の砂浜なのだろう。そして何より、背景にそびえる山の存在感に圧倒される。その光景におとうさんは魅了されていた。

 岸へ近付くにつれ、船体は横揺れし始める。

「うわぁ! なにこれ!!」

 のりこは思わず動揺する。

「ここはもう危ない。中へ避難しないと!」

 そう言うと、のりこは一目散に船内へと逃げ込む。

「この光景、もう少し眺めていたかったけどなぁ――」

 おとうさんは名残惜しそうに甲板を後にする。


「おかあさん、やっと楽になったよ」

 りょうたの船酔いもようやく落ち着いたようだ。しかし、着港は迫っており彼に休息の間はない。

「りょうた、出口へ行こうか」

 おかあさんはそう促し、二人は出口へ向かった。すると、先程まで甲板にいたのりことおとうさんの姿があった。

「おかあさん、船が暴れたから避難してきたよ」

 のりこは船の横揺れをそのように受け取ったらしい。ともあれ、これで一家全員が揃った。

「京子さん、甲板の風景はまさに絶景だったよ!」

 おとうさんは子供のように瞳を輝かせていた。

「良行さんだけずるい。私も見たかったのにな」

 おかあさんは残念そうな顔をしている。

「僕、写真を撮ったから後で見せてあげるね」

 良行の気遣いに、京子は満足そうに頷いた。

 そうこうしているうちに、船内の揺れが収まってきた。いよいよ着港のようだ。出口には船員達が集結し、何やら忙しなくなってきた。船員は乗客へ整列を促し、着港の準備を進めた。まもなく出口の扉が開き、港側からスロープが橋渡しされる。いよいよ離島へ上陸である。

 一家は船員へ乗船券を渡す。のりこは我先にと船から飛び出す。

「すごーい! おっきな山がある!」

 先程良行が見ていた山が、目の前ではさらに大きく見える。のりこにとってはさながら巨人と対峙するかのような心持ちであろうか。

「あー、何だかお腹がすいた。そうだ、パンケーキ食べたいな!」

 のりこはそう呟く。

「のりこ......この島にパンケーキはないかもしれない」

 良行の顔が曇った。

「なんで!?」

 のりこは不満げに言う。

「離島ってそういうところだからね」

 良行は困ったように語る。

「じゃあさ、ゲームセンターは? デパートは??」

 のりこの追及は続く。

「どっちもないなぁ」

 のりこの追及に良行はたじたじである。

「あぁ、もしかしてこれが噂の島流し。もう私の人生は終わった......」

 のりこは早くも絶望した。しかし、島流しという言葉はどこで覚えたのだろうか。良行に疑問符が浮かぶ。

「よし、こうなったら帰るぞ!」

 のりこは自暴自棄になったのか、たった今降りた客船へ戻ろうとする。しかし、のりこは間もなくこける。

「のりこ、馬鹿言うんじゃないの!!」

 京子がのりこを叱りつける。どうやら京子はとっさに足払いをしたようだ。

「いやだぁ!!」

 のりこは抵抗むなしく、京子に連れ戻される。

 かくして、のりこ達の羽馴島での生活が始まった。

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