鹿目探偵事務所、大爆発!

中靍 水雲

鹿目探偵事務所、大爆発!

 今日も、鹿目探偵事務所は暇だった。


 依頼人は、来ない。つまり、仕事がない。なので昼間っから、人類が生み出した怠惰の象徴・ソファなるものに、ゴロゴロと寝そべっている。ヒマとはこんなにも人間をダメにしてしまうのか。鹿間は、天井に浮かびあがったシミを見つめる。ああ、あのシミ、猫に似てるかも。


「にゃあーん」


 愛猫のハドソンが、ソファに飛びのってきた。あたたかい。猫のぬくもりが、おでんの大根のように、全身に染みわたる。そうだ。おれは、こいつのちゅーるをかせぐくらいには、りっぱな探偵にならなければならない。だったら、こんなにまったりしたところで、まどろんでいるばあいじゃあないだろう。


「よし。ティッシュ配りして、事務所の宣伝でもしてくるか。おれ、がんばるからな。ハドソンさん!」


 鹿目はハドソンを抱きあげると、そのもふもふに顔をうずめた。高性能掃除機ほどの吸引で、猫を堪能する。ハドソンは、何もかもあきらめたのうに、大人しくされるがままになっているようだ。


 そのすばらしいひとときに夢中になっていると、ガチャと事務所のドアが開く。赤いシャツをぴっしりとズボンに入れこんだ男が、気まずそうになかを確認している。


「ええーと。その、ノックしたんですけど。なんだか、ジャマしちゃ悪いかなって思って……あ、ぼく……出直します!」

「ままま、待って」

「いや、お取りこみ中に水をさす趣味はないので、お気になさらず!」

「大丈夫ですから! 怖くないですから!」


 ハドソンを抱きながら、必死に手まねく、鹿目。赤いシャツの男は申し訳なさそうにしながらも、事務所のしきいをまたいだ。

 愛猫を出窓のクッションに座らせると、鹿目はコーヒーを男の前に、さしだした。こうばしい香りをはなつそのコーヒーは、鹿目が唯一おいしく作れるものだ。コーヒーの味とハドソンを愛する気持ち。それだけが、鹿目の誇れるものだった。

 男の向かいのソファに腰かけると、鹿目はいつもの質問をなげかけた。


「まずは、お名前からうかがっても?」

「明石と申します。とある組織に、所属しております。すみませんが、くわしくはいえません」

「なるほど。もちろん、深く聞くことはしません。個人情報を守ることも、探偵の仕事ですから」

「ありがとうございます。組織には、もう長いこと勤めております。三年目になりますね。年々、敵組織との抗争は激しくなっています」


 鹿目は自分用のコーヒーに口をつけながら、相手に見えないよう、顔をしかめた。今回の依頼は、なかなかハードな内容になりそうだ。コーヒーの苦みを味わいながら、鹿目は気を引きしめる。


「でも、それもようやく終わりますよ。今や敵組織は、壊滅状態なんです。幹部だった五人も倒し、あとはボスのみ……だったのですが」


 明石が、肩を落とす。コーヒーに映ったその表情は、落胆そのものだった。


「何か、あったのですね」

「はい」

「教えていただけますか。何があったのか」

「昨日は、敵組織のボスを倒すため、仲間たちと約束をしていたんです。敵組織の屋敷に夜の十二時に集合。しかし、待てども待てども、仲間たちは、一向に来ない」

「なるほど……」

「ぼく、思わず敵組織のボスと顔を見あわせちゃいましたよ」

「え?」


 その場に敵のボスもいたとは、随分と和気あいあいとしたシーンじゃないか。いったい、どういう状況なんだ。思わず、「仲いいじゃないですか」といいそうになるのを必死で堪える。ずいぶんと理不尽な組織に属し、変わった組織と敵対しているようだ。


「もちろん、すぐ来ない二人のラインに連絡を入れました。でも既読はつくのに、返信がないんです。家のチャイムを鳴らしても反応なし。何か、あったんじゃないでしょうか」

「ふむ」

「お願いです。どうか、二人を探してください!」

「安心してください。必ず、お二人を見つけてきますから」


 すると、明石は申し訳なさそうにいった。


「あの、出来れば早めに解決していただきたいんです」

「それは、なぜ?」

「相手を待たせてますので……」


 敵組織のボスのことらしい。相手のことを、気遣っているようだ。つくづく、どういう関係性なのかわからない。


「依頼人の頼みですから。なるべく、ご希望には沿いたいと思ってます」

「ありがとうございます」


 明石はその場で、深々と頭を下げた。礼儀正しさが滲み出るような、美しい礼だった。からだの筋肉もバランスがとれたきれいな付きかたをしているし、運動神経がとてもいいようだ。


「じゃあ、さっそく二人の情報を教えてもらってもいいですか?」

「しまった。二人の資料、用意したんですよ。なのに、家に忘れてきちゃいました……急いで取りに戻ってもいいでしょうか」

「それはとても助かります。じゃあ、お願いしてもいいですか」

「はい。ちょっと待っていてください。三十分ほどで戻りますので」


 走って事務所を出ていく、明石。この短時間で、彼がかなり真面目な男だということがわかった。組織の正体自体は謎だが、調査に協力的な依頼人という点では、信頼がおけるように思う。これから、忙しくなりそうだ。

 コーヒーでも淹れなおそうかと、鹿目はソファから立ち上がった。その時、コンコンと事務所のドアをノックされる。明石が、もう戻ってきたのだろうか。


「どうぞ」

「失礼します」


 神経質そうな、硬い表情の男が立っていた。涼し気な印象のメガネに、青いカッターシャツをパリッと着こなしている。本日、二人目の依頼人のようだ。突然の大繁盛に、驚きを隠せない鹿目。

 メガネの男にソファを勧め、新しいコーヒーを淹れなおした。


「では、お名前を伺ってもいいですか?」

「藍井と申します。現在、とある組織で働いております」

「組織、ですか」


 聞き覚えのある内容に、鹿目はつい聞き返した。冷静な表情を崩さずに、冷めたコーヒーを飲み干す。まさか……という考えに、胃がキリキリとしてくるが、久しぶりの大仕事な予感。その誘惑に、あらがうことができない。


「それで、相談したいこととは?」

「はい。実は、所属している組織を抜けたいと考えていまして」

「ふむ。なぜ組織を抜けたいと?」

「ヨフカシの五人将が一人、稲荷女中リツカちゃんと恋仲になってしまったのです」


 さまざまな感情を抑えつつ、鹿目はなんとか「……ほう」とうなずいた。

 ヨフカシ? 五人将? 稲荷女中? 頭のなかを、初めて聞くような単語たちが飛びかう。そして、恋仲という単語も出てきた。もしや、この依頼、かなり面倒くさいものかもしれないぞ。


「ヨフカシというのは、我々と敵対している組織の名前です」

「ああ、そうでしたか……」

「はい。しかしなんと、私と恋仲であるリツカちゃんの父親は、ヨフカシのボスである、丑ノ刻半蔵なのです。リツカちゃんのお父さまを倒すことなんて、私には出来ません。それに……明石も黄河も、これまで死ぬ思いで一緒に戦ってきた大切な仲間なんです。その組織を抜けたいだなんて、簡単には口に出せなくて、困っているんです」

「すみません。あなたが所属する組織のお名前は何でしたっけ」

「ああ、いっていませんでしたね。サンサン戦隊シャイニングレンジャー。地球の平和を守る、正義の組織です」


 頭を抱えたい衝動を必死に抑え、鹿目はなんとか笑顔で「なるほど」と答えた。


「お願いです。なんとか、理由をつけて組織のリーダーであるシャイニングレッド・明石に私の退職届を届けてほしいんです!」


 内心で「面倒くせえ」と叫ぶ、鹿目。この探偵が苦手な依頼ランキングの堂々一位が、色恋沙汰関係のもの。不倫、浮気、娘の恋人の身辺調査などなど、人間の恋愛事情は今も昔も面倒くさい。そして今回は特に、面倒くさそうだ。よくわからない事態になる前に、さっさと終わらせてしまいたい。


「ヨフカシだなんて組織がはびこっていたなんて、初めて聞きました。ニュースはかなり見ているほうなんですけどね」

「知らないのも無理はありません。どちらも秘密の組織ですから」


 得意げに胸をはる、藍井。秘密の組織に属していたことに、かなりプライドを持っていたらしい。だが今はその組織を辞めたいようなので、恋とはやはり恐ろしい。

 ふと、藍井が着ているジャケットのポケットを漁りはじめた。顔を真っ青にして。


「た、退職届がない!」

「おや、大事なものじゃあないですか。」

「途中で寄ったコンビニのレジに置き忘れてきたかもしれません。すみません、すぐ取ってくるので待っててください!」


 あわてて事務所から出ていく藍井を、呆然と見送る、鹿目。空になっているのに、カップを何度も持ち上げては、ソーサーに戻すをくり返した。頭がごちゃごちゃになっているが、なかなか整理できない。

 正義の組織シャイニングレンジャー、敵対する組織ヨフカシ、稲荷女中との恋、明石と藍井と、そして黄河という名前も出ていた気がする。彼が彼女かは知らないが、シャイニングレンジャーというからには、黄色担当なのは間違いないだろう。知ったこっちゃないが。そういえば、敵の組織のボスも名前も出ていたな。たしか、丑ノ刻半蔵だったか。すごい名前だ。時代劇の悪代官のような雰囲気がある。とりあえず、明石か藍井のふたりが帰ってきたら、ゆっくりと話をまとめさせてもらおう。それまでは、新しいコーヒーを淹れて、ハドソンのご機嫌でもとっていようかな。

 鹿目がソファを立ったとき、コンコンと事務所のドアをノックされた。赤か青かは知らないが、もう戻ってきたか。鹿目は、息つく暇もないとばかりに、「どうぞ」と気だるげにいった。


「ども。今、いいっすかねえ」


 黄色のパーカーを身にまといニコニコ顔で入ってきたのは、これまでの誰でもなかった。誰だ、こいつと思うと同時に、これまでのことがシークバーを戻していくように、頭のなかによみがえる。仲間、黄色、最後のひとり……。

 依頼人に新しいコーヒーを出しつつ、鹿目は警戒心丸出しで、その向かいに座った。


「……今回は、どのようなご用件で?」


 すると依頼人のさっきまでの朗らかな印象が、スッと消える。眉がキリッと釣りあがり、大人な雰囲気をまとい出した依頼人に、鹿目はとまどう。

 こいつ、例の組織の黄色だと思ったが、違うのか?


「実は娘が……敵組織のヤカラにそそのかされているようでして」


 鹿目は「まさか」と、冷や汗を流す。


「敵組織というのは? まず、あなたのお名前をうかがってもよろしいでしょうか」

「ああ、そうですよね。すみません。娘の件で頭のなかがいっぱいで……私の名前は、丑ノ刻半蔵と申します。ヨフカシという組織のボスをしています」


 やはり、と鹿目は内心で頭を抱えた。こうも数珠つなぎに関係者が相談にくるとは、彼らは相当仲がいいようだ。まあ、この町に探偵は自分しかいないし、いい仕事をする探偵なのは間違いない。


「私がここに来たことはぜひ、内密にお願いします」

「もちろん。探偵として、情報漏洩は決してありえませんよ」

「ああ、よかった。私は現在、サンサン戦隊シャイニングレンジャーという戦隊組織にてスパイ活動をしておるのですがね……」



 なんてことだ。とても聞き覚えのある組織名だ。あわてて、自分用に淹れたコーヒーを喉に流しこむ、鹿目。依頼人は、矢継ぎ早に話を進めていく。


「組織では、黄河という名前で、シャイニングイエローを担当しています。もちろん、スパイ活動の一環として」


 ぽかんとしてしまう鹿目に、半蔵はへらっと笑った。


「驚くのも無理はありません。ヨフカシは、悪の組織。本来ならば、正義のヒーローにやっつけられる存在です。それでも、悪の華を咲かせたい! その思いで、私自ら敵組織にスパイとして乗りこみ、情報を探っていたのです。そして、知ってしまった。実の娘と、シャイニングブルーが交際していることを!」


 鹿目は、喉からしぼり出すように「それはお気の毒にい……」と相槌をうった。口から自動的にこぼれた社交辞令。心のなかは大混乱で、これから戻ってくるであろう残りのふたりに、目の前の〝半蔵あるいは黄河〟をどうやって隠すか。それを考えることに、必死だった。


「しかし現在、私の組織は戦隊組織のやつらによって、壊滅状態に追いこまれてしまった。もう、すがる思いでここに相談に来たというわけです」

「ですが、あなたはシャイニングイエローとしてヨフカシ壊滅の一端を担ったのですよね。では、ヨフカシが壊滅したのは、あなたにも責任があるのでは」

「私は、戦隊のなかでは大食いキャラをやらせてもらっています。ふだんの戦闘時も、レッドとブルーが戦っているあいだ、後ろでプリンアラモードを食べてるだけですよ」


 それでよく、スパイだってバレなかったな。いいかけた言葉を、鹿目は苦虫を噛みつぶすような気持ちで飲みこんだ。


「目に入れても痛くない娘なんです。キザでいけ好かないブルーなんかに絶対に取られたくないんです! 探偵さん、なんとかならないでしょうか?」


 半蔵は、悪役ボスとは思えないほどに、眉尻を下げている。こいつ、完全に親バカだ。


「ボスなら、レッドとブルーをやっつければいいんじゃないですか?」

「何をいうんですか! ずっとずっと、苦しい戦況も乗り越えてきた戦友ですよ! そんなことできません!」

「あんた、後ろでプリンアラモード食ってただけだろ! ああ、もう全員面倒くせえ!」


 やばい、つい口がすべった。

 バタンッ。

 あわてて口をおさえかけたたき、事務所のドアが激しく開けはなたれた。明石が焦ったようになかに飛びこんでくる。ジッと半蔵を見つめている。しまった。明石の気配が近づいていることに、まったく気づかなかった。さすが、ヒーロー。すきがない。

 そして、この状況。どうしてくれよう。


「……探偵さん。どうして黄河がここにいるんですか。説明してください!」

「いや、そうだろうなあ……」


 説明しようにも、自分もどうやってしたらいいのかわからない。そもそも自分たちで話あったほうが早いのでは、と思えてくる。

 いや、こっちは仕事だ。なんとか解決まで導くのが、自分の役目じゃないか。鹿目は気を引き締め直そうと、ジャケットのえりを直した。

 明石が叫ぶ。


「探偵さん! 説明してください!」

「それは……丑ノ刻半蔵が……この」

「――お父さまがここにいるのかッ?」


 バタンッ

 またも、勢いよく事務所に人が飛びこんできた。いつからここは、そんなに人気スポットになったんだ。ここは本当に自分の事務所なのか、と鹿目は自嘲ぎみに笑った。


「藍井! お前、今までどこに……」

「明石、すまん。今は、黙っててくれ。お父さま、どこにいらっしゃるのですか!」


 藍井の呼びかけに、そっと手を挙げたのは黄河。つまり、半蔵だった。息を呑む明石に、顔をこわばらせる藍井。


「なぜ、手をあげる。黄河」

「まあ、そうっすよねえ。理由は……ぼくが丑ノ刻半蔵だから、っすかね」


 さっきまでの態度とは一変している、半蔵。こちらは、シャイニングイエローである黄河の人柄らしい。人懐っこそうな、おどけた口調だ。彼が丑ノ刻半蔵とは、とうてい思えないような、明るい雰囲気。

 藍井が、バカにしたように鼻を鳴らした。


「お前が……ヨフカシのボスだと?」

「そうっすよ。間違いなくのぼくが、ヨフカシのボス・丑ノ刻半蔵っす」

「まさか……」


 いつも以上に冷たい藍井の返事に、半蔵はぐっと唇を引きむすんだ。大切な娘をこんな男に奪われてたまるか、と長期戦の覚悟を決める、半蔵。

 その時、藍井が床に膝をついた。


「だったら、話が早い!」


 いったそばから流れるように、藍井はその場でかんぺきな土下座を披露した。


「娘さんを俺にください!」


 藍井の行動に、半蔵の顔が一気に父親の顔になる。


「やらん」

「お願いします! 必ず幸せにしますから!」

「誰が貴様なんかにリツカをやるか!」


 吐き捨てるように、いい放つ半蔵。やにわに藍井はスマホにリツカの写真を表示する。それを半蔵にわざと見えるようにしながら、悲しそうに叫んだ。


「ああ! リツカちゃん、このあいだいってたなあ。〝藍くんと結婚できたら、リツカって世界で一番、幸せ者になれるね♡〟って」

「負けたああああ! そんなこと、父だっていわれたことないのにいいいい!」


 半蔵は崩れるように床に突っ伏し、泣きだした。探偵という職業柄、おとなが泣くシーンは何度か見たことがあった鹿目も、ここまでの男泣きを見るは初めてだった。


「と、とりあえず、一件落着か。こんなスピード解決もあるんだな。トラブルが勝手に事務所に来て、勝手に解決していったようなもんだが……」


 コーヒーカップに口をつけようとしたとき、鹿目はふとした違和感に襲われた。


「いや、待てよ。何か、おかしくないか?」


 鹿目のつぶやきに、明石が首を傾げた。


「どうしたんですか、探偵さん」

「引っかかるんですよ。どうもね」

「何が引っかかるんです?」

「あなたですよ」

「え?」

「あなたは最終決戦の時、敵のボスと対面していたといっていましたよね。だが、本当に対面していたとしたら、相手が黄河さんだと気づいたはずだ。しかしあなたは、さっきまで黄河さんが半蔵さんだとは知らないようすだった。だとすると、あなたが最終決戦で敵のボスと対面したというのは、嘘ということになる」


 明石は黙り、うつむいている。


「思えば、資料を取りに行くとき、あなたは三十分ほどで戻るといってたんですよ。ですが、戻ってきたのは一時間も後だった。探偵に依頼するからと、自分で資料を作成するような真面目な男が、何の連絡もなしに遅刻をするとは考えにくい」

「鹿目さん。何がいいたいんですか」

「あなたは、誰ですか?」

「……はい?」

「初めて会ったあなたと、今のあなたは……別人ですよね。あなたは、明石さんに変装した他の誰かだ」

「はは。そんなバカなことがあるわけがないでしょう。そこまでいい切る証拠はあるんですか?」


 明石は、鹿目を思い切り嘲笑した。

 初めて会ったときの明石のイメージとは、まるで違う笑い方。


「今あなたが着ている、明石さんの服。シャツの後ろのほうのすそが少し出ています。初めて会ったときの明石さんは、すべてのすそをきっちりとズボンに入れていました。きれいなシワがつくように、ていねいにね」


 どおおおおおん!


 いい終わるや否や、激しい爆発が鹿目探偵事務所を襲った。鹿目は、藍井と黄河に守られながら、愛猫・ハドソンとともに外に脱出する。

 事務所跡地を見上げると、そこには全身黒いレザーを身をまとった男が風に吹かれながら立っていた。

 さっきまで、明石に変装していた男だ。


「フハハハハハハ! サンシャインブラック、参上! そう、最終決戦のとき、明石と対面していたのは黄河ではない。この俺! サンシャインブラックだあ!」

「サンシャインブラック? そんなやつ、シャイニングレンジャーにいたか?」


 藍井が首をひねると、ブラックはふてくされたように「ふん」と鼻を鳴らした。


「俺はお前らを裏切ったのさ。敵のボスで、スパイな上に、子煩悩の父親とかいう個性欲張りセットのイエローに嫌気がさし、お前らを裏切った……そう、今ここに宣言する。俺は真のラスボス! イエローよりも目立ち、カッコよくお前らをブッ潰す、サイコーにイケてる最強の敵だあ!」


 ブラックはうっとりと、自分の演説に酔いしれている。反対に、鹿目たちはうんざりしていた。この黒いやつ、一番面倒くさいやつじゃないか。誰が、処理するんだ。

 すると、半蔵が一歩前にふみだした。じゃりと砂が鳴る。


「きみ、そんな理由で裏切ったのか」

「そうだあ! 俺は、俺が派手に登場する機会をずっと伺っていたんだ! 黄河に、最終決戦の時間帯がズレたとラインを打ったのも、俺さ。そして、敵のボスの代わりに俺、登場。イエローのことをハデにバラし、俺様が真のラスボスとなって、お前らをブッ倒そうとしたのさ。まあ、藍井が来なかったせいで計画が狂ったけどな。明石が、藍井が来ないと、最終決戦にならないとダダをこねてな。探偵に頼むとかいい出したときには、困り果てたわ。明石には、ついでに俺の資料も作れといっておいた。今、必死で作ってる明石の代わりに、俺が来てやったってわけだ」

「ぺらぺらとよくしゃべるな。まあ、きみが私の存在にいち早く気づいていたのはすごいと思う」

「そうだろー。目立とうとしているやつを潰すのが、俺の役目だからな!」


 ニヤニヤとしているブラックに、黄河は目を細めた。ヨフカシの頂点に立っていたものの、鋭い目つきだ。


「だが、きみは重大なミスを二つしている。一つ目は、ぼくが組織に潜入していることを明石たちに報告しなかったこと。そして、もう一つは……」


 黄河は足を肩幅に開き、スッと両手を構えた。


「今まで戦闘に参加しなかったきみと、僕たちとのレベル差が著しく離れていることに気づかなかったことっす!」


 サンシャインイエローの必殺技・巨大向日葵、炸裂せよイエローポップサンフラワーがブラックに直撃する。


「花のように散るがいい」

「うわああああ――ッ! もっと目立ちたかった——ッッッ!」


 さんさんと照りつける白い光にさらされ、ブラックの深い欲望が浄化されていく。

 その威力に、鹿目は驚愕する。


「さすが、ヨフカシのボス……戦闘中にプリンアラモードでも食ってなきゃ、自分の組織は即壊滅だったろうな、これは」


 そこへ、ようやく本物の明石が到着する。


「こ……これは一体……」


 明石の目線の先には、惨状と化した探偵事務所の姿があった。

 鹿目のため息が、爆発の煙にともに空へと昇っていく。


「こりゃあ、サンシャインイエローに請求書だな。いや、ヨフカシのボスにか……」


 腕の中のハドソンが、「にゃあ」と鳴いた。




 おわり

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