1.彼女が泥棒になった理由(1)

 しっかりと髪を整え、化粧を済ませたら、鏡の前で表情の研究をする。

 それが、エルスター男爵・ヨーナスに引き取られて以降の、アリアの日課だ。


「恐れ多いことですわ……」


 恥ずかしそうに、目を潤ませて。


わたくし、、、、には、もったいないことでございます……」


 頼りなげに、消え入りそうな声で。


「あなた様の、仰せのままに」


 いかにも全幅の信頼を寄せているように、はにかみ笑いを浮かべて。


 ふわふわとした亜麻色の髪はシルクのリボンで結い上げ、清楚な印象を際立たせる。

 頬紅はごく薄く、きらめく琥珀色の瞳はあえて伏せて、勝気さをぬぐい取る。


 姿勢を変え、表情を作り、いくつもの角度から念入りに研究を重ね、どこからどう見ても「可憐で貞淑でたおやかなアリア・フォン・エルスター」像が結ばれるのを確認してから、アリアはおもむろに頷いた。


「よし。好色じじいが好みそうな、健気な幼な妻だわ」


 そう。

 男爵家の養女となったアリアが目指すのは、若き貴公子との縁談ではなく、裕福な独居老人の後妻に収まることだった。


 彼らが好む「孫のように愛らしい後妻」像に寄せるべく、アリアは日々、こうした鍛錬を重ねているのである。

 思い返せば二年前、街路に立っていたアリアがヨーナスに声を掛けられたときから、この生活は始まった。


 それまでのアリアは、修道院に併設された孤児院で、修道女ベルタによって育てられていた。

ところが三年前、王城で軍部が王権奪取を目指して謀反を起こしたのを端緒たんちょとし、王都全域の治安が悪化し、孤児院崩壊の憂き目にあったのである。


 かくなるうえは身売りも辞さない――。

 孤児院の中では年長だった当時十四歳のアリアは、意を決して街路に立ったのだったが、そこで出会ったのがヨーナスであった。


 もっとも彼は、アリアの春を買おうとしたわけではない。

 孤児院を経営している修道院と、仕事上の付き合いがあったとかで、この治安下で経営は大丈夫なのかと見舞いに来てくれたのである。


 エルスター男爵ヨーナスは、貴族の中では末端の部類だ。

 かろうじて「男爵」の地位にあるが、それは彼の祖父が手掛けた金細工が、当時の王にいたく気に入られたからで、ほとんど名ばかりの叙爵だった。

 王都に与えられた屋敷を除けば、領地もない。


 ヨーナス自身、優しげと言えば聞こえがいいが、押しの弱そうな、緩みきった体つきと顔をしている。

 きっと彼は、男爵家当主として社交界に籍を置くよりも、工房の職人として家族と慎ましい生活をしているほうが、よほど性に合うだろう。

 そんな善良さと小心さが前面に表われ、かつ、自身でも認識している男だった。


 彼は弱り果てた少女を見過ごすことができず――アリアは彼の亡くなった娘と同い年だった――、アリアもまた盛大に窮状きゅうじょうを訴えて彼に付け込み、見事男爵家の養女に収まることとなったのだ。


 ある日を境に、孤児から貴族の養女へ。

 普通の娘であれば、贅沢な暮らしに目がくらみ、放蕩ほうとうの限りを尽くそうものだろう。

 しかしアリアはそうではなかった。


 なにしろヨーナスには、孤児院を救ってもらった恩がある。

 受けた恩を返さないのは精霊の教えに反することだと、院長のベルタからきつく躾られていたし――正直を言えば、ヨーナスには付け込むだけの財すらなかった。


 それというのも、とにかく彼はお人好しなのだ。


 物乞いがいれば有り金すべてを渡してしまうし、使用人が給与の前借りを申し出れば疑いもせずに許可してしまう。

 転倒した老人に手を貸して財布を擦られ、病身の母を救いたいと商人に泣き付かれれば怪しげな証文にもサインし、そうこうしているうちに、男爵家はすっかり貧乏になっていたのである。


 アリアとて、当初はもう少し、彼をだましたり、搾取さくしゅしたりするつもりだった。

 しかしこちらが騙しにかかる前に、彼はもっと悪質な詐欺にほいほい引っかかりにいくのだから、わけがない。


 気付けば、呼吸するような容易さで破産しにいくヨーナスを止めて回り、騙されたら騙し返し、盗まれる前にぶちのめし――とにかく、彼の世話役のような立ち位置に落ち着いてしまったのである。


 だめだ。

 搾取しようにも、この人には先立つものがまったくない。

 というかたぶん、この人は自分がいなければ即死する。


 そう痛感したアリアは、彼に付け込む路線をすっぱり諦め、自ら財を成すことにした。

 以降、ちょっとした内職は続けているものの、貴族の娘が大金を稼ぎ出す方法なんて、やはり裕福な男との結婚しかない。


 成金の商人に嫁ぐのも一手ではあったが、結局それでは、財産は永遠に「夫のお金」のままだ。

 アリアが遠慮なく金を使い、たとえばヨーナスに小遣いを渡せるようになるには、彼女名義の財産が必要だった。


 そこで、後妻なのである。


 この国の法では、財産は当主の死後、妻が半分を相続する。

 子がいない場合は全部をだ。

 つまり、妻に先立たれた裕福な老人をたらし込みさえすれば、数年後には莫大な財産が手に入る。

 アリアにはもはや、騎士だの上位貴族令息だのは、視界に入れる価値すらない。

 とにかく、老い先短い裕福な男に気に入られようと、そればかりを目指し、この二年を過ごしてきた。


 幸い、アリアの外見はかなり愛らしい部類だ。

 緩く波打つ亜麻色の髪も、大人しい色合いの琥珀の瞳も、「従順な美少女」像に都合がいい。

 下町時代には、この舐められやすい容姿のせいで相当苦労したものだったが、今ではこの外見だからこそ世渡りができているし、苦労したからこそ、ちょっと珍しい様々な「特技」も身につけることができた。


 アリアは努力を厭わない。

 目的のためなら手段も選ばないし、度胸も計画性も、人並み以上と自負している。

 というわけで、その日もアリアは、裕福な老人を釣り上げるための自分磨きに精を出していたのであった。


「絶対、裕福な独居老人をゲットしてみせるから。見ててよね」


 お守り代わりにしている、古ぼけた金貨のネックレスに、アリアは軽くキスを落とした。


 さて、表情の研究を終え、礼儀作法を復習し、各国の情勢を記した書物に目を通し、作詩の自主課題を済ませ、お次は老人をイチコロにする甘い声の発声練習でもしようかと、窓を開けたそのときだ。


「わあああああ!」


 庭の向こう、重厚な造りの蔵から悲鳴が響き、彼女は怪訝けげんさに眉を寄せた。


「ヨーナス様?」


 窓から身を乗り出してみると、蔵の扉から、ふらふらとした足取りでヨーナスが出てくる。

 彼は、遠目にも青ざめた顔で、その場に崩れ落ちた。


「は!?」


 アリアはぎょっとし、ついで舌打ちしながら、蔵に向かって走り出した。


「なにやってんの、あの人は、もう!」


 今彼がいるあの立派な蔵は、ヨーナスの「仕事部屋」のようなものである。


 彼は、細工師の一族である延長で、この国の第三宝物庫の管理を任されていた。

 宝物とは言っても、本当に貴重な国宝、たとえば歴代の王族が使用する王冠や、精霊の教えを記した経典などは、王城の最奥にある第一宝物庫や、誉れ高きヴェッセルス伯爵家が管理する第二宝物庫で、厳重に保管されている。


 ここにあるのは、それ以外。

「貴重といえば貴重だがかなり場所を取る歴史書の写し」や「美しいは美しいが曰わくつきで持ち主が次々と死んでいる首飾り」や「小王国から収奪したものの美意識にそぐわず王城内に置くにはちょっとアレな彫像」など、つまりは、「微妙な国宝」なのである。


 一応「第三国宝庫」と呼ばれる立派な蔵こそ建てられてはいるが、その実態は、片付いていない物置に等しい。

 ヨーナスの仕事は、この蔵と同じ敷地内に邸宅を構えて、ぼんやりと「国宝」を見守ること。

 まあ、なんというのか、「貧乏男爵」「名ばかり貴族」と呼ばれてもなんら反論できない、閑職だった。


「ヨーナス様! ちょっと、大丈夫!?」


 だが、閑職の貧乏貴族であろうと、アリアにとっては、懐に入れてしまった身内だ。

 本物の焦りを滲ませ駆け寄ると、ヨーナスは蔵の扉付近で、呆然と座り込んだままこちらを見上げた。


「ア、アリアちゃん……」

「いったいどうしたの!? 空き巣!? 強盗!? 詐欺!? 借金取り!?」

「そ、そういうのは、この前アリアちゃんが一掃してくれたから、違うんだけど……」


 あの、かわいい顔でボキボキ指鳴らさないで……と弱々しく訴えてから、ヨーナスは震える指で、蔵の中を指し示した。


「蔵の中では一番貴重な、ガザラン小王国の王冠が、なぜか、く、腐っていて……」

「はあ?」


 腐る。

 予想外の言葉に眉を寄せつつ、示された方向を目で追って、アリアはぽかんとした。


 薄暗い蔵の中、扉から射し込む陽光を浴び、ベルベットの台座に神々しく輝いていたはずの王冠が――たしかに、見るも無惨に、溶けていた。


「なにこれ!?」


 慌てて駆け寄る。

 アリアの記憶が正しければ、つい先週の見回りのときまで、この黄金でできた冠には、色とりどりの宝石が嵌まっていたはずだ。


 そう、たしか、ぐるりときれいな正円を描く金のサークレットから、七つの尖塔が放射状に配置され、その根元には大ぶりの宝石が埋め込まれていた。


 大層麗しい品だが、その小王国では「七つの大罪をそれぞれの尖塔に封じた」という主旨の呪具として使われていたため、第三国宝庫に追いやられたはずのものだ。


 それが今、金のサークレットは途中から黒く変色しながら崩れ、誇らしげに輝いていたはずの宝石は、なぜだかどれも曇ったガラス玉のような色になって、辛うじて冠にこびりついている。


 盗まれたのではない。

 宝石をほじくり出されたのでもない。

 火で炙られたのでも、叩き壊されたのでもなく、まさに「腐蝕した」としか表現しえない現象に、アリアは愕然とした。


「貴金属って……腐るんだっけ……?」

「そ、それと、あそこの、白龍ホワイトドラゴンの像が、なぜか、ト、トカゲに変身していて……」

「は?」


 ついで、ごちゃついた蔵の最奥を示され、アリアは目を瞬かせた。


 壁の手前に置かれた、天井まで届くほどの高さの柱。

 そこには、柱にぐるりと絡みつくように、白龍の像が彫られていたはずだった。

 たしかこの蔵が建てられたとき、庫内の安全を願って彫ってもらったという、ドラゴンの彫像柱だ。


 それが今や、柱からはすっかり彫刻部分が消え失せ――代わりに、その根元に、ちょろりと小さな白トカゲが動き回っていた。


「…………!」


 アリアは本能的に、素早い動きでトカゲを捕獲した。

 すぐに産卵してしまう害虫の類いは、見つけ次第即処分。これが衛生管理の基本だ。


 ゴキブリや蠅とは違って、トカゲは害虫を食べてくれることもあるので、殺しはしない。

 ただ、警戒心が高まった状態だったので、つい庫外に放り投げようと、大きく腕を振りかぶってしまった――そのときである。


『うおお! 投げるな投げるな! 偉大なる精霊を投げるんじゃねえよこの小娘!』


 手の中から、威勢のよい声が聞こえてきたので、アリアは体勢を崩し、座り込んだヨーナスの隣に膝を突いた。


「…………は?」


 今、このトカゲから声が聞こえたのだが。

 息を呑みながら、恐る恐る手を開く。


 すると、白トカゲは素早く掌から逃げ出し、床をぐるぐると走り周りながら、さかんに叫び続けていた。


『潰れるかと思ったし! おい! 小娘! この、偉大なる秘宝の守り手、白き鱗のバルトロメウス様を圧死させようとはどういうつもりだ! 地獄に堕とすぞ!』

「…………」


 アリアは、たっぷり呼吸三つほど黙り込み、それからふっと笑みを漏らした。


「やだ。あたし、疲れてるのかな」

「あいたたた! アリアちゃん、どうして僕の頬をつねるんだい!」

「だってヨーナス様。トカゲがしゃべる悪夢が見えるんだもん」


 思わず隣のヨーナスの頬をつねっていると、白トカゲが一喝した。


『悪夢ってなんだよ! 現実だよ、直視しろよ!』

「……あたしの知ってる現実とは違うんだけど」


 腐る王冠。動く彫像。しゃべるトカゲ。

 情報量の多い「現実」に頭痛がしそうだ。


「アリアちゃん。このトカゲは、しゃべっているのかい?」

「ヨーナス様には聞こえない?」

「う、うん。なんか、やたら艶のいい白トカゲには見えるし、神々しい雰囲気? みたいなのは感じるんだけど、話しているとまでは」


 精霊を信じるこの国では、白い鳥や白い猫、白いトカゲなどは、「精霊の女王の御遣い」とみなされ、神聖視される。

 それでヨーナスも、このトカゲに聖なるなにかを感じ取っているようだが、声までは聞き取れないらしい。


「あー……あたしも聞こえないや。うん。全然聞こえない」


 アリアはすかさず、事実ごと封殺しようとしたが、そうは問屋トカゲが卸さなかった。


『嘘つけ! おまえ、俺の声が聞こえてるんだろ!? で、そっちの中年男には、姿は辛うじて見えていると。よし、おまえらの精霊力か信仰心はよほど高いと見た。この未曾有の危機を解決するため、特別に力を貸してやろう』


 偉そうにふんぞり返って、一方的に語り出したのである。


『いいか。伝承によれば、この王冠の七つの輝きには、七つの大罪が封じられていた。ところが、そのうちのどこかが破損したことで封印が解け、散り散りになってしまったんだ』


 立ち上がったアリアはドレスの裾を払って、ぐるりと庫内を見渡した。


 愉快犯による盗難の可能性がある。

 ほかに被害がないか確認せねばならないだろう。


『大罪はそれぞれ、近くにある最も相性のいい宝石や貴金属に宿る性質がある。『力ある財宝』にな。つまり、上等だったり、伝統があったり、多くから愛されてきた宝ってことだ。そして、持ち主の魂をむしばみ、わざわいを広げ、やがて持ち主ごと世界を破滅に導いていく』


 まずは目録を持ってきて、照合作業をすべきだろう。あれには図も載っている。

 だが横領防止のため、第二・第三宝物庫の目録は、エルスター男爵家とヴェッセルス伯爵家が互いに持ち合うことになっている。

 ということは、伯爵家に事情を訴え、目録を借りにいかねばならないということか。


 待て。

 それでは、まがりなりにも国宝を破損したと、自白することになるのでは。


『きっと大罪は、この国でもひときわ高価な財宝を持つ人物……つまりは貴族たちを中心に取り憑きはじめているはずだ。悪徳に染まった彼らは、妬み、むさぼり、強欲に利を得ようと争い始める。国の危機だ』


 いやいや、貴金属の腐蝕など、誰にも阻止しえないことだ。

 責任を取る筋合いはない。


 ……それとも、やはり責任の範疇と言うことになるだろうか。


 たとえば、もし自分が誰かに本を貸したとして、その期間中に本が虫に食われてしまったら、アリアは間違いなく怒り狂うし、責め立てる。

 てめえの目はどこに付いてんだ、読んでる最中に気付けよ対策しろよ、となるだろう。

 間違いなく、有罪ギルティ


『だが安心しろ。この国宝庫の守り手、偉大なる宝の精霊、バルトロメウス様が、おまえに力を貸してやろう。いいか、大罪が新たな持ち主の魂を蝕む前に、取り憑いた財宝を回収して、この王冠に戻すんだ』


 男爵家の監督不行届で国宝が破損?

 そんな筋書きはごめんだ、断頭台しか見えない。


 だいたいなんで、こんなありえない事態の責任を取らなくてはならないのだろう。

 そう、こんな、封印の崩壊だとか、しゃべるトカゲだとか、ありえない事態の。


 ありえない、ありえない、ありえない――。


『っていうか人の話聞けよ!』

「うるさい! 気合いの力で現実は拒否できるんだからね!」

『できねえよ!』


 だが、どれだけ脳内を独白でいっぱいにしても、トカゲが話す幻覚は一向にやまないので、アリアは地団駄を踏んだ。


「なにこれ!? しゃべるトカゲだの封印だの国家の危機だの、こちとら、絵空事を喜ぶ年齢はとうに越してんの。絵本の世界はお断り! よそでやってよね!」

『ああァ!? なんだそれ。言っとくが、俺たち精霊が姿を見せりゃ、聖職者どもは泣いて喜ぶんだからな! おまえも声が聞けるってことは、修道女かなんかじゃねえのかよ。精霊とともに働けることを喜べよ! おら!』

「単に、修道院併設の孤児院で育ったから、そのせいでしょ!? こっちはそもそも、精霊すら信じちゃねえんだっつーの!」


 相手の気安い口調に引きずられ、ついこちらも下町訛りが激しくなってしまう。

 三年でかなり矯正したと思ったが、まだまだだ。


 アリアは大きく舌打ちし、「仮に」と息を吐き出した。


「あんたの言うとおり、世の中に呪いや大罪が実在して、それが散り散りになったとする。しゃべるトカゲもいたとする。でもどうして、あたしがあんたに従わなきゃならないの?」

『なんだと?』

「あんた、この蔵の守り手なんでしょ? なのに王冠の破損を許したの? そっちこそ職務怠慢じゃない。柱に貼り付いて昼寝でもしてたわけ? 王冠が腐る前に防いでよ。それを偉そうに、『力を貸してやる』って、何様?」


 指を突き付けて言い放つと、トカゲは「うっ」とその場で尻尾を丸めた。


『まあ、それはその、なんつーか……。っていうかおまえ、めちゃくちゃ口悪くねえ?』

「言っておくけどあたし、登場人物の三分の二以上が死んでからようやく推理を始める探偵を、名探偵とは認めない派だから。肝心なのは未然に防ぐことなの。あんたは――ううん、あんたそれに失敗したんだからね」


 責任の所在を明確にしてから、アリアは怒りで鼻を鳴らした。


「わかったなら、あんたはあんたの尻拭いをすることね。大罪の回収とやらを! あたしはあたしで、この腐った王冠を隠蔽する方法を考えるから」


 アリアは迷信など信じないし、こんな怪しげなお宝のために、ヨーナスともども断頭台の露となるつもりもなかった。


 罪はばれなきゃ罪ではないのだ。

 どうせこの第三宝物庫の収蔵品なんて、ごく一部の人間しか知らない。

 つまり、この王冠の存在ごと、抹消してしまえば。


「とりあえず、ヴェッセルス家にある目録を書き換えよう。盗むか、騙し取るか……。ああ、半年後には視察期間が来るから、その前に片をつけなきゃ」


 第二・第三宝物庫で、それぞれ問題なく国宝が管理されるかを監視するため、エルスター家とヴェッセルス家は、三年に一度、互いの宝物庫を視察することになっている。


 ということは、半年後に迫る視察期間までに、目録を改竄、あるいは抹消すればいいわけだ。


「ねえ、ヨーナス様。ヴェッセルス家の間取りや家族構成って……」


 ところが、目録強奪の計画を練り始めた、そのときだ。

 ずいぶん静かだなと思いながら、アリアは背後のヨーナスを振り向き――、


「ヨーナス様!?」


 そこに広がる光景を見て、ぎょっと肩を揺らした。


「ちょっと……なにしてんの⁉」


 なんとヨーナスは、蔵のすぐ外に座り込み、そこに生えている草をむしっては口に入れていたのだ。




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本日の22時にもう1話!

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