お笑い/コメディ

「ええとね、後は、『父さんの会社、トウサンしちゃった』」

「……くっだらないね、ホント」


「『アルミ缶の上にあるミカン』」

「……なんで乗せたんだろうね?」


「乗せたかったんだよ、あ、『馬がウマッタ』」

「……『馬がウマカッタ』」


「いいじゃん。『風で屋根が壊れた、ヤーネー』」

「……バカみたい、フフッ」


「うん、知ってる。面白いかな?」

「……大丈夫、すっごく面白いよ。でも一番大事なの忘れてる」


「ええ? 一番大事なダジャレ? なんだろう?」

「……うん?」


 妻と顔を見合せる。

 チラッと視線が下りて、俺の顔に戻ってきた。


「あ!」

「……分かった? てか声がデカイ」


「ごめんごめん、でも分かったかも」

「……じゃあ、せーの」


「『布団がフットンダ』」

「『布団がフットンダ』」


 妻は、その布団にポフッと顔を埋めた。


「よし、エンジンかかった。ええとね、いくよ? 『お代はいくらだい? 四円だ。そうかい、いま何時なんどきだい?』」

「……ねえ待って? うろ覚え過ぎ、ウフフ、急過ぎるよ」


「うん、多分全部違う」

「……よく始めようとしたね? あ、ああ待って、いかないで、頑張って……ああ、違うね。もういっぱい頑張ったか……」


「うん。よく頑張ったよ」

「……ごめんなさい……」


 妻が顔を上げた。

 つい数時間前、上手く産んであげれなくてゴメンナサイと取り乱してた横顔。

 今はただ、静かに見ている。手のひらより小さな小さな顔を。

 その小さな小さな手は、妻の細い指先だけでいっぱいになってる。管に触らないように俺の太い指も重ねてある。


 俺も同じだ。同罪だった。上手く産んであげられなくて、ごめん。


 二人で『千笑ちえ』と名付けた。

 名付けたばかりだ。

 まだ三十分も経ってないじゃないか。

 まだ……千笑、この世界はとても楽しいんだよ。とても面白い世界なんだ。本当は、本当に奇跡みたいに来てくれたのに、上手く伝えられなくて、こんなダジャレしか出て来なくて、せっかく、ごめんな。


 パパが黙っていても面白いぐらいの、世界で一番の芸人だったら良かったのにな。


 千笑、ごめんな、出来る事が分からなかったんだ。

 せっかく生まれてきてくれたのに一度も笑わせてあげられなかった。ごめんな、千笑、ごめん。



  おわり。

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