出会いと別れ

「なあ、いま喋れる?」

「あ、はい、え、いいんすか?」


「いいよいいよ、なに? 気遣ってた感じ?」

「あ、はい、なんかセンパイ貫禄スゴい感じなんで」


「なんだよ、センパイって。たった何時間かだろ? 退院するまでの付き合いだけどさ、お隣さんなんだから仲良くやろうぜ?」

「うわ、マジ嬉しい。あざっす。ちなセンパイ何時っすか?」


「オレは15時31分、4101グラムね」

「ヤバ、ビッグベビーっすね?! 俺は18時5分の3101グラム、ぴったし1キロ差とかウケますね。名前はまだ無いんすよ。ハヤトとケントで迷ってるみたいっすね」


「お、それもうほぼ決まりじゃん。オレも名前はまだでさ、なんか流行りにノッてない感じが良いんだけどなー。アッチのセンパイ方はレン君、ハルト君にリンちゃんだよ。なんかチャラくね?」

「確かに! センパイは太郎系とか之助のすけ系とか似合いそうっす」


「だろ? ウチの母ちゃんどうすんのかな? こればっかは選べねーしな」

「あ、センパイのお母様キレイっすよねー? ビビったし」


「あ、さっきの初授乳んとき? 見ちゃった? 見えちゃった?」

「女優かモデルっすか? 俺のママンは高齢出産なんでボロボロっすよ」


「母ちゃん、風俗嬢。結構売れっ子だったんだ」

「……え、マジすか。なんかすみません」


「なんで謝るんだよ、オレは幸せよ? 美人で若くてオレを宝物っつって産んでくれちゃってさ」

「そうっすよね、さっきの初授乳も幸せそうで羨ましかったっすよ。次に会えるのは初沐浴もくよくっすね」


「そうそう、超楽しみなんだけど……あ、なんか人いるな? ソッチは視力どんな感じ?」

「センパイがボンヤリ見えるぐらいっす。ガラスの向こうっすか? 面会っすかね? おお?!」


「ああそれ大丈夫だから落ち着け、慌てんな? 面会に来てる人に見やすくコット新生児用ベッドに角度付けただけだから」

「急に動かすなよ?! マジでビビったー!」


『ふぎゃ、ふぎゃー』

『あら動かしたら泣いちゃって、まあ、もう……本当に可愛い』

『元気そうだな。無事で良かった。うん、可愛いな』


「ソッチのお祖母様とお祖父様か、優しそうな声だな。良かったじゃん」

「あ、はい。『ふぎゃー』里帰り出産とかで世話になってたんすけど、もうずっとマゴだ孫だって聞こえてたんで『ふぎゃ……』安心は安心っすね」


「合間に泣くなよ、ウケる」

「さーせん、加減がまだ分からないっすね、ヘヘッ。センパイのトコはどうっすか?」


「母ちゃんの両親は5年前に事故で死んでんだ。年の離れた弟の為に稼いで大学まで出してやってさ。あ、コレは母ちゃんが彼氏に喋ってたの、受け売りね」

「……マジすか」


「おう、マジだ。だから孫として頑張れよ?」

「はい、頑張ります!」


「ハハッ! ちょ、なんだよ孫として頑張るって、どういう事だよ?! じゃオレ息子頑張るわ!」

「いやセンパイが……ヘヘッ、ホント、なんすかね? いやマジでマゴ頑張りますわ、初孫頑張る、なんつって、ヘヘヘッ」


「お? 増えたな?」

「ああ多分パパンすね」


「泣いてんじゃん。良かったな」

「あ、ハイ、まあ……」


「なに? またオレに気遣ってる? マジ気にすんなって。ま、ご想像通り妊娠したって言ったら彼氏には逃げられたけどな」

「あ、すみません……いや、逃げるような男いらねーし! センパイのお母様ならもっとイイ男いますよ! マジ狩人になって狩った方が良いっすよ! アラブの富豪とか掴まえるレベルっすよ! 最強っすよ!」


「クッソ優し過ぎワロタ」

「……センパイだって、俺に話し掛けてくれたっす。緊張して泣きわめいてた俺に」


「まあアレだよ、短肌着振り合うも多生の縁よ」

「ヘヘッ、マジ神っすね」


「神は母ちゃんだろ」

「あ、そっか、そうっすね!」


 ――……月雪花。


「飯はまだかのう」

一昨日おとといもらったし」


「そうだっけ」

「マジウケる」


「じゃあポチの散歩行くか」

「ポチ?」


「学校まで迎えに来てくれる賢いチワワだし」

「それ多分70年ぐらい前の話っすね」


「そうだっけ」

「マジウケる」


「お前は誰だ?」

「いや隣に来て何ヵ月目っすか」


「ここはどこだ?」

「病院。アンタは癌だったか風邪だったか、なんか運ばれて来たじゃないっすか」


「オレは誰だ?」

「誰っすかね?」


「飯はまだかのう」

一昨年おととしもらったし」


「オヤツは?」

「今日は火曜日だから果物の日っすね」


「タマにもやるわ」

「タマは猫っすか? あんま変な物あげちゃダメっすよ」


「ハムスターだ。金玉がデカくて果物が好きだ」

「マジでタマっすね」


「夜か?」

「朝っすね」


「暗い」

「目閉じてるからじゃないっすか?」


「そうか」

「そうっすね」


「病院か」

「そうっすね」


「初入院とかウケる」

「いや初入院は産まれた時っすよ」


入院着振り合うも多生の縁か」

「……マジっすか?」


「何がマジ?」

「さあ? なんだっけ?」


「幸せな人生だった。我が人生に一本の悔い無し」

「なんか惜しいっすね」


くい? 悔い? 食い? 飯はまだかのう」

「だから朝飯は今からっすよ」


「夜なのに朝飯とかウケる」

「なんすか? 夜とか暗いって、目開いてるじゃないっすか。見えないんすか? 死ぬんすか?」


「死にそう」

「最期の言葉が『死にそう』はマズいっすよ」


「生きそう」

「マジウケる」


『幸太郎さん! 聞こえますか?! ご家族もう来ますからね?! 頑張ってくださーい!』

『お孫さんもひ孫さんも向かってますから!』

『民族大移動』


「余裕っすね」


「マジ幸せじゃないっすか。超民族大移動じゃん。一族繁栄とかウケる」


「……あ、息子頑張ったんすね。俺も初孫頑張ったんすよ。聞いてくれます? いや、センパイの話の方が絶対面白いっすね。聞かせてくださいよ、武勇伝」


『ああ?! お隣さんも釣られて危篤! お名前マジ難読!』

華武斗ケントさんよ! ご家族に連絡を!』

『ウチ去年の暮れに玄孫やしゃご産まれたんすよ』



  おわり。

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