推し活

「やっぱイッタンモメンちゃんの生地感ヤバくね? 結局ソコに落ち着くのよ」

「だったらヌリカベ様のザラザラ感ヤバくね? 木やコンクリートとは違うのだよ! 異論は認める!」


「ああー、捨てがたし」

「イッタンモメン様も良きよ」


「ニュウドウ系もモチモチじゃ」

「幼女を越えた幼女である」


「斉藤殿はキュウビノキツネちゃんが推しであったか」

「アイツはモフ専である」


「斉藤殿、遅いな?」

「混んでるからな」


 ヌリカベ推しの田中が腕時計をチラリ。

 俺もばあちゃんが買ってくれたG-SHOCKをチラリ、18時14分15秒、16、17、18……ふむ。


 今夜の百鬼夜行は19時スタートだ。

 最前列さいぜんは昨日から泊まり込みの松田班が確保してくれている。


 地方班を引率する俺は三人と合流済。

 田中とは初期からの友、他二人は人見知りか少し離れて待機中。後は大阪から来る斉藤を待つだけだ……が、どうしたものか。


「返信は?」

「17時43分の池袋着いたった、が最後かな」


池袋駅ダンジョンで迷ったか」

「大丈夫かと送っても救援要請 返信 も来ない、何か……」


「どした?」

「……あれは?」


 その池袋駅から人が押し出されている。

 尋常ではない、残り少ない歯みがき粉を絞り出すように赤く染まった人達が押し出されてる。


「……どした?」

「……逃げよう」


「……どした?!」

「遠くに!」


 池袋駅に向かう人波は駅の異変にまだほとんど気付いてない。

 オシャレな一般人は白いTシャツにジーパンにリュックサックの俺なんか視界に入らない、誰も退いてくれない。人の間を縫うように走る。

 こんな時でもチャラい中高生男女に近付いたら危険だと俺の第六感が叫ぶ、大回りしながら、ただ全力で駅から離れる。


 あ、田中、ヌリカベ推しの田中とはぐれた。

 他の二人も置いてきてしまった。


 スマホで田中に、いや、駅にいるかも知れないモフ専の斉藤に、いや、最前列さいぜんの松田班に、いや、いや、いや、違う、今は逃げる!


「……どこに?」


 二人連れの夜のお仕事っぽいお姉さんにイヤな顔をされた。急に立ち止まったからだろう、申し訳ない。


 キョロキョロしても俺みたいに汗だくで走ってる奴はいない。街頭に寄る、息が切れる。


「……西口、公園か……劇場、通りへ……」


 なんとなく都会と逆方向へ、板橋方面へ行きたい。安全な気がする。

 そう、パニック物は人間の行動の方が危ないんだ。今ここにいる人達が一斉に走って逃げたりしたら、車やバイクの人達が全力で逃げたら、それこそ巻き込まれて命を落としかねない。

 せっかく逃げ延びたのにそんな事で死にたくは……そうだ、何から逃げてるんだ?


 微かに悲鳴が聞こえた気がする。

 血相変えてダッシュしてる人もチラホラ。

 急げ、何だ、通報か。

 待ち受けは先月撮ったイッタンモメンちゃんとの2shotチェキ、着信無し、メールは広告、LINEは開かない、110、ああ圏外だ。


 ……こんな街中で圏外?


「オニイサン、ツノ生えた女の子いるよ? 遊んでかない?」


「あ、すみませんがスマホを貸して頂けますか?」

「ムリ」


「あ、圏外になってません?」

「知らね」


 せっかく話しかけてくれたキャッチのお兄さんは行ってしまった。

 Tシャツを見てツノ生えた女の子いるとか言ったんだろうな。ヲタなら金持ってるとか、モテないからチョロいとか、キモいとか思われて……は?


「なんでだ?」


 信号を渡ろうと思ってただけだ。

 劇場通りの看板の下をくぐる大きなツインテール、板橋方面からノッシノッシと歩いて来るのはミコシニュウドウちゃんじゃないか。

 今日の百鬼夜行には参加してないはず、いや、そもそもまだ始まってないはずなのに。


 行進してるみたいに両手を大きく振って、丸っこい足の裏でプチプチと逃げ遅れた人達を潰してる。逃げる人が見上げる度に少しずつ背が伸びて、少しずつ大きくなる足の裏でまた踏んづけていく。

 たまに見上げた人のガラ空きの喉を掻き切ったりもしてる。


「なんで? ミコシニュウドウちゃん、君は可愛い幼女ポジじゃないか?! なんでそんな事をしてるんだ?!」

「ん? ……ほう?」


 しまった、つい……いや、話が出来るなら、いや、逃げた方が、いや、お近づきに、いや、人殺し、ダメ、絶対!


「い、いつもの可愛いミコシニュウドウちゃんに戻って下さいよ? ね? そんな風に歩くのは良くないですよ?」

わらわに説教とな? 良い度胸じゃ」


「説教だなんて滅相も無い! ただ、俺はミコシニュウドウちゃんも好きだから! そんな事をしたらまた最初の頃みたいにイジメられちゃいますよ! せっかくここまで人気が出たんだからイメージを大切に!」

「ほう? ……おや、そのTシャツは百鬼夜行一周年アニバーサリーの物じゃな」


「はい! 俺もクラスでイジメられてボッチになって、バイト先でもハブられたりして、そんな時に妖怪ちゃん達に出会ったんです! 俺は世間の逆風に負けずに今の地位を築いた妖怪ちゃん達が好きです! 今日の百鬼夜行も楽しみにしてました!」

「そうか、ファンであったか。では一緒に参ろうぞ」


 大きくなっても可愛い。今の笑顔は俺の心の画像フォルダに……いや、待って、待って、待って?


 雑居ビルと同じぐらいの大きさになったミコシニュウドウちゃんの肩に乗せられた。地上の阿鼻叫喚は嫌でも五感に響く。なにこれ。

 

 遠くで同じニュウドウ系のオオニュウドウちゃんがコロコロ転がってる。可愛いけどもうあの辺は更地だ。東京ドームぐらい大きいんですもの。


 下からの断末魔から逃げるように、逃げられないのにキョロキョロしてみる。アチコチで火の手が上がって、各種サイレンが鳴りまくってる。

 ふと気配に振り向けば、池袋駅があったらしき場所にはヒトツメニュウドウちゃんが立ってる。

 ああ、駅の中で大きくなったから人が押し出されたのか。それにもうコロコロしちゃった後かな? 駅も何も無いや。


「お主、名前は?」

「安倍リュウノスケです!」


「アベちゃん、リュウちゃん、ノスケ、リュウノスケ……ふむ、リュウちゃんで良かろう」

「はい! え?」


「リュウちゃんの最推しは誰じゃ?」

「うっ?! それは、ミコシニュウドウちゃんです」


「最推しじゃぞ?」

「……イッタンモメンちゃんです」


「正直で宜しい! 良し良し、わらわのペットになりんしゃい」


 ケラケラ笑うミコシニュウドウちゃんの足下で、人の命が嘘みたいに消えていく。


「ペット? ……望む所ですけど何でこんな事を? 人気投票とか撮影会とか、百鬼夜行も、もう本当にそれどころじゃなくなってますよ?」

「そんな事も分からぬのか、頭の足りぬ所も良いのう」


 またケラケラ笑うけど、もう東京は無くなったに等しい。小さな妖怪ちゃん達も走り回ってるのが見えた。


「減らしておるのじゃ。人間はすぐ増えるからのう、千年に一度ぐらいはこうしておる。ストレス解消にもなろう、一石二鳥じゃ」

「……そんな」


「リュウちゃんは残してやろう。何も人間を絶滅させようとは思っておらんよ、安心せい。時代が整えばわらわ達はまた引っ込むのじゃ」

「そ、それなら、もう……」


「今千年、のさばらせ過ぎたからのう、大胆に減らしたのじゃ。まぐわいまくって増やして宜しいぞ。その為のペットじゃ。どの様な女子おなごが好みじゃ?」

「俺が?!」


「何と言ったか、アダムとイヴじゃったかの? リュウちゃんはそれじゃよ」

「俺が?!」


日本ここだけでは無いぞ、海の向こうでも同時にパレードをやっておるのじゃ。皆それぞれペットを一人二人捕まえとるから何色の目でも選び放題ぞ?」

「……日本人が良いです。英語、出来ないんで……」


「奥ゆかしいのう、初々しいのう」


 ケラケラの地響きみたいな笑い声。

 赤く燃え盛る向こうに黒々と広がる、あれは日本海か。

 遮る物が無くなった。じゃあ振り向いたら太平洋側の海も見えちゃったりして……あ、見えた。


 ふと、体の芯がザワッと疼いた。


 俺はこの景色を見た事がある。

 ……千年に一度、そうだ……千年前に、見た。


 きっと受け継がれた『安倍』の名は、安倍晴明の、一筋か一滴かミクロぐらいその血が混ざった、俺はあやかし退治の末裔、陰陽師、だって覚えてるんですもの……!


(カタシハヤ エカセセクリニ クメルサケ テエヒアシエヒ ワレエヒニケリ)


 この呪文だ、ほら覚えてる。

 多分これを唱えればこの地獄は終わる。

 妖怪ちゃん達が、終わる。


 深く息を吸って、吐く。

 ミコシニュウドウちゃん、イッタンモメンちゃん、ごめん。

 初期メンバーのみんな、二期、三期、四期、五期、六期、七期のみんな、ごめん。


 妖怪ちゃん達に出会えて本当に良かった。

 俺は人間として、陰陽師として、やるべき事を、今、脈々と受け継がれ覚醒した力を、今、この世界を、今、いま……!


「腹は減っておらぬか? その辺で各種焼き肉が転がっておるから拾って……ああ、イッタンモメンも呼ぶか? 酒池肉林とシケこもうかの」

「……い、イッタンモメンちゃんを……し、酒池肉林……!」


「稀に妖怪と人間でも子は成せるからのう。ホレ、ここはちょうど牧場じゃったか、牛が転んでおるわ。人間は牛が好きじゃろ、旨い所を切ってやるわ」

「……こ、子を成す……ぎ、牛肉……!」


 ミコシニュウドウちゃんがヒュンッと縮んだ。

 俺が死なないよう掌に乗せて、地面に置いてから更に縮んだ。

 いつもの幼女サイズだ。可愛い、モチモチだ。

 ポケットからバサッと真っ黒なカラスを出して耳に当ててる。カラス、生きてるよ。


「あー、モメン? 今どこー? ……じゃあコッチおいでよ、うん、うん、モメンもペット見つけた?」

「……あ、来る、あ、あ、あ」


「うん、んじゃねー」

「ああ!」


「なんじゃ可愛らしいのう、キャンキャン吠えよって。モメンは数え七つの童女わらべを連れてるそうじゃ。リュウちゃんのつがいの心配も無くなったのう」

「……ひ、光源氏計画……!」


 ママ、パパ、ばあちゃん、ご先祖様、たぶん安倍晴明様、田中、松田、斉藤、世界中のみんな、ごめん!

 俺は推しと生きる!

 もう迷わない、迷う必要も無いよ!

 人間増やすよ、任せろ!

 立派なペットになるよ!



  おわり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る