第二百五十二話 相討ち

 「その目、気に食わねーな」


 「そう。だったら、見ないで良いんじゃない?目を潰して失明するか、死ぬかどっちか選びなよ」


 「ククッ。じゃ、そうしてくれるかぁ!!」


 直立不動から、予備動作なしに目の前まで迫る。地面に鋒を当て、火花を散らして振り上げる。左目の前を、距離1cmほど開けて通過。ギリギリ回避した私は、即座に集中する。振り上げ、持ち替え、今度は殺意込みで。


 「極心技・金剛の葬」


 顔が私の膝よりも下にある。低すぎる重心から、鋒を向けて、今度は緩急もなく一直線で至近距離の私の腹部を狙う。一瞬の太刀筋に、目が追いつくのもやっとだった。


 御影の地を出た今、私には微かにしか未来予知の力はない。強化されたとはいえ、未来が分かるからとはいえ、凌げるかは別問題だ。力で勝る必要があるのだから。


 まぁ、それはもう必要ないんだけど。


 「遊心技・虚空」


 体中全ての気派を使う勢いで、僅か3mに絞った虚空。精霊種の刀は、私の腹部に後ミリ単位だった。カタカタと動いて、でも奥へと進まない刀。ハッとした表情。全てが計算通りだった。


 「生き物には皆、平等に時間が存在する。動くのには、時間が必要。じゃ、それを取り除いたらどうなるかな?」


 「ククッ、もちろん止まるな」


 口だけ動かすことを許された精霊種。余裕はまだ消えない。


 「お前に勝ち目はない」


 いくら精霊種とはいえ、時間の操作に抗えはしない。相手に勝る気派がなければ、それを取り除くことすら出来ない。虚空は、遊心技でありながら、時間干渉を可能にした、所謂逸脱者にしか使えない禁忌とも言える技だ。


 使える人は、私の知る中で3人ほどしか知らないほど、希少で上下をひっくり返す力だ。


 「俺に勝ち目がない?そう思うのか?」


 「それはもちろん」


 「ならばお前は勝てるのか?」


 「うん。お前が死ねば、私の勝ちだよ」


 「だとしたら、それは俺の勝ちでもあるな」


 虚空は万能でも、確実に止めれる優れた技じゃない。自分を上回る相手を止めることは出来ないから。しかし、唯一それを可能にする方法がある。それが――相討ちだ。


 相討ちと言っても、死を交換する必要はない。ただ1つ、相手の動きを止めると当時に、自分の動きを止めるという制限をかけることで、相手を止めることが可能になる。もちろん、相手の気派と大差あれば不可能だ。けど、この精霊種を捕まえれたということは、そういうことだ。


 既に腹部へ迫った刀は、防ぐことは出来ない。故に、私に刺さることは確実。だが、それは相手も同じだった。見越して固有能力を発動していた私に、この剣技は相性が抜群なのだ。


 「別に、私は死んでもいいよ。元々、1歳も満たないうちに死んでたんだし。延命していたと思えば、そう考え込むことでもない」


 「お前のその剣技で、俺を貫けるとでも?」


 刀は、精霊種の額に向けられている。距離は10cmほど。


 「貫けるよ。だってこれ、私が最強の技なんだから」


 「……なるほど?お前、その領域の剣士か」


 「うん。私は天才だから、習得なんて簡単なんだよ」


 簡単なんて嘘だけど。本当は毎日、血反吐吐いて、自分の体が限界を迎えても鍛え続けたから、私なりの唯一無二の力を手に入れられた。


 「そろそろ、虚空も終わりだから、お互いの終わりでもあるね」


 「俺は逃げるぜ。お前だけ殺して――」


 「「刺した瞬間に虚空を使って」」


 「――っ!!」


 「知ってるよ。この距離なら、私を殺して虚空で逃げれるってことはね。だから、その対策もしてあるよ」


 もう1つの制限。


 「私に刀が触れた瞬間、3秒間拘束するように、全ての気派を流してる。だから、どの道、お前は死ぬってことだよ」


 未来が見えるから、きっとこうするだろうと予測ではなく、確実な作戦を考えれる。発言も知れるし行動だってそう。私には、予測は不要なのだ。


 「……なるほどな……はぁぁ。――お前……賢いな。何?未来見えてんの?」


 人が変わったかのように、初対面なら好青年とも思える気さくさで、優しさの声音を揺らして鼓膜に伝えた。


 「少しだけね」


 「そうか。そりゃ、油断してた俺のことも熟知してるわけだ」


 まさか初っ端、私が力量を測らずして終わらせるとは、予想外だったらしい。


 「お前がもしも、精霊種として生まれてたなら、日々退屈しなかっただろうな。悔やまれるぜ」


 「ふっ。戯言だね」


 「まぁな。お前はどうせ天国だ。俺と相見えることはないだろうし、ここでお別れする寂しい相手だ」


 「そう?優位にたって殺したかった私に、寂しさなんて欠片もないけど」


 「……だろうな」


 含んだように微笑した精霊種。死を恐れることなどなく、受け入れるという面持ちだった。人間の気持ちに感化されるのならば、きっとその善人という良さは微かに移ったのだろう。


 「もう時間かな」


 「最期に、全力で抗わせてもらうとする」


 「そう」


 私は目を閉じる。夭折することは、時に英雄と謳われる。この歴史の中で、私の名が後世に轟くのならば、今の死はそう悪くない。


 時は迫り、私は虚空を解除する。


 「我流剣術・神威かむい


 ザシュと、胸に刺さる刀を無視した私の剣技。自分史上最速の剣技として、額に突いた刀は、精霊種の額を貫通した。逃げる気のない、正面での衝突。


 お互いに、得たものは敵の命であり、失ったものは――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る