第二百五十話 意識は

 基本というか、この世界の歴史の中で、剣技の同時使用は最大でも極心技と蓋世心技だった。人間の出せる、限界の領域。それがそこ。


 だから、蓋世心技と蓋世心技を同時なんて、それだけで歴史に名を刻む、歴戦の猛者ということになる。しかし、書物で確認した極心技と蓋世心技を同時使用した剣士は、代償として聴覚を失ったのだとか。


 負荷が大きすぎて、自分の体が限界を超えてしまったらしい。レベル6の剣士だと記されていたが、私となんら変わりない、神傑剣士でもあったらしい。


 そんなハイレベルなことを超えて、私は更に上の土俵に足を踏み入れた。冥界というべきか。蓋世心技の極致、そして我流剣術という、全剣技の極致。2つを同時使用することでの代償は――体の崩壊即ち死だ。


 冥を手に、振り上げた刀は、莫大な気派と相まって、天にまで届く長さだった。渇望した最強の力。それを私は、人差し指で触れている。きっと届いてるはず。


 届いてるよね、イオナ。


 死を前に現れる幻覚。止まるほど遅くなった時間の中で、私は満面の笑みで言った。最期に届いてるといいなと、その背中に触れられたなら、私は悔いはない、と。


 いや、本当は悔いはある。まだ一緒に生きたいという悔いが。でも、イオナに感情がないと知って、その思いは少し消えた。だからいいんだ。私の死を悲しんでくれる、憎悪の感情があるのなら、それで。


 ふふっ。


 「さようなら」


 口に出すと時は動き出した。


 「ルミウ!!!!」


 エイルの声も、最期を前に聞こえた。そんな必死に私を見なくても、これまで耐えてくれたおかげで倒せたんだから、今は誇ってもらいたい。


 振り上げられた冥と、無限に続く無尽万象。


 「クソがぁ!!我流剣術――ぐはっ!」


 一筋の光が見えた。私の無尽万象の1つが、フライドの右胸を突き刺したのだ。それから左腕、右足と刺さり、右腕を胴体から斬り離した。その時、心底安心した。勝ちが確定したから。


 「はぁ"ぁ"ぁ"!!!」


 掠れた声で発音も出来ないほど血が絡む。でも、振り下げられた刀は、迷いなく過去最高の質を誇った。左肩から入り込み、右脇腹へ抜ける、一直線の太刀筋。それは、後ろの住宅にすら貫通し、崩れ剥がれた家を全壊させるに至った。


 ミカヅチの体は、生命機能を保てない。


 そして、私の体も同じく。


 よろめきながら後退すると、胸の傷に触れて確認する。


 「……嘘だろ……創世は2人だって……クッ……巫山戯るなよ……ジジイが……」


 ジジイが誰を指すか、それはトップだと、私は理解した。私たちのことは調べていたのだろう。だけれど、それすらも凌駕し、限界を超えた私たちの勝ちだ。


 視界が狭まる。意識が遠のく。これは……無理だ。死ぬ。もうイオナでも助けられない。指すら動かせない。呼吸すらも危うい。


 そんな私を、エイルは抱きしめる。


 「おい!ルミウ!何してんだよ!まだ敵は残ってるんだぞ!」


 「……うるさいな」


 いつもと変わんない。


 「俺の心配よりも……2人をサポートしろよ。……俺は……いいから」


 「死ぬのか?ここで死ぬのか!?」


 「そのつもりだよ……だから早く」


 「ダメだ!まだ助かるかもしれない!ノーベたちも耐えてる」


 「……助かるのはノーベたちだ。助かる相手を見間違うな。俺はここで見捨てろ」


 まだ戦いを続ける他の剣士たち。遊ばれていても、これからは余裕もなくなる。聖霊種の一角を殺したのだから、焦り始めるだろう。


 街も崩壊を始める。多勢に無勢の剣士たちで、流石に完璧には凌げない。でも守れてはいる。予想を超える防衛に、イオナたちの鍛錬が活きているのだろう。


 「いや生きれる!お前なら――」


 「ダメだ!!」


 多分、私が出せる最後の大声だった。それに気圧されるエイルは、口を塞いだ。


 「お前の役目はなんだ?……俺を看取ることか?そんなんじゃないだろ。精霊種を殺すことじゃないのか?……だったら、早く行け。助けろ。そんで、生きたお前の姿で、俺を回収しろ」


 願いだ。私からの、人をこれまで信じなかった私の、最期の願い。誰もが垂涎して、尊敬し、立ちたかった私の、言えなかった我儘。それを伝えた。


 エイルはしばらく沈黙し、私の左腕を握って言う。


 「分かった。私はノーベたちと、イオナを連れてここに来る。それまで死ぬな。それが私からの、最初で最後のお前への願いだ」


 初めて見る、エイルの潤んだ瞳。応えたいと思うのは、最期に悔いを遺さないようにする私に、悔いを与える。


 「そんな顔も、するんだな」


 美人と言われて狼狽する時も、私と顔を比べられて敗北した時も、今のような女性の弱い部分を見せてくれた。忘れていた表情を思い出して、過去に浸る私は、もう涙を流すことも出来なかった。


 「行け、エイル」


 「ああ。絶対に約束は守れよ?」


 「ふふっ。守らなかったことは?」


 「そうだな」


 偽りとして過ごしたこの日々も、リュンヌとして過ごしたらどうなるのかと、気になった日はいくらでもあった。やっぱり、死を前にすると、後悔しかないね。


 「それでは――第8座ボーリ・エイル。第1座ルミウ・ワンの命により、任務を遂行する」


 胸の前に掲げられた刀が、私に向けられたのは初めてだ。


 「任せた」


 一礼して、エイルは私の前から去っていく。同時に意識は完全に遠のく。いつかまた、この世界に生まれるのならば、どうか私は、不老不死となるイオナの弟子として、また近くに生まれたい。


 そう強く願ったのを最後。私は常闇へと誘われた。

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