第二百四十九話 死の覚悟

 飛び込むフライド。エイルはそれを知っていたように口端を上げた。怒りを顕にし、憤怒とも思えるほどに破顔したフライドは、ミカヅチの表情ではなかった。悲しくも依り代にされてしまったミカヅチの、小さな潜在能力。それすらも、もう今後見れなくなっていた。


 「我流剣術・さばきの大鵬たいほう


 「蓋世心技・剣」


 目の前まで迫ったフライドを、エイルはレベル7の剣士として、蓋世心技を扱う。我流剣術で斬りかかることなんて、百も承知だった私たちは、今更未知の力に驚かされることもない。


 5本に増えた刀が、エイルの四肢を襲う。4本も気派とはいえ、その力はやはり私たちでは到底敵う剣技ではない。しかし、それは一対一でのことだ。


 「蓋世心技・滅」


 あまりの速さに、目の限界が近いのを感じる。そんな中でも、エイルを死なせないために、私は刀を振る。蓋世心技である滅を何度も何度も。


 「鬱陶しい!」


 四方八方から、援護する私の攻撃に対しても、正確無比に対応するのはやはり創世たちと対の存在。難なく対応し、続くエイルへの攻撃は止むことを知らない。


 5本が1本を圧倒する。当然の結果に、流石に死が近づいていることを、私は身に感じた。もうこれ以上、自分を削ってしまえば、エイルはもちろん、ノーベもファイスも死ぬ。善戦しているようでも、それは精霊種が手を抜いているからだと、戦闘中に把握済みだ。


 どうするかは、私次第だ。まだ戦えてるとも言えるギリギリのラインではあるが、余力は残ってる。フライドの力量は定かではないけれど、きっと、命さえあれば倒すことは出来る。


 「俺が……やるしかないか」


 滅を放ち終え、刹那、エイルに全てを任せた。たったの刹那でいい。その間を凌いだならば、勝てる可能性はあるのだから。


 「オラァオラァオラァァ!!!」


 「くっ!」


 受けて受けて受け続ける。


 「んだお前。よく耐えるな。普通ならもう死んでるだろ!ルミウって姉ちゃんよりも、もしかして強いのかぁ?」


 「うるせえ……なぁ。私は可能性を信じてんだよ。だから黙って殺しに集中しろよ!」


 息絶え絶えでも、凌げるのは特異体質のおかげだ。生まれてから常に上がり続ける体力が、エイルを人間から逸脱させたのだ。だから耐え続ける。


 ――可能性を信じる。


 きっとそれは私に向けてだ。待ってるから早くしろと、そう催促してしまうほど、追い込まれているのだろう。今死んでもらうと困ることが無数に出てくる。だから、私は動く。


 この4ヶ月という期間で、日々何時間も鍛錬を続けたこの体で、叩き込まれたこの体で、私は人間を超える。握り続ける腕は、時と場合を知らないかのように脱力している。しかし、意味はある。


 強く、その握る意味を理解して、私は一瞬で全握力を込めた。


 「我流剣術・無尽万象」


 全気派を込めて、カグヤから教わった剣技。人間の到達可能な極致の技。剣技を極めた者だけが許される領域。初めて使った。体が崩れるように悲鳴を上げていて、一刻も早く終わりたい。けれど、そんな甘えたことは許されない。


 「我流剣術だと?!」


 「どこ見てんだよ!」


 すかさずエイルの猛襲。限界の近い私たちの、限界を超えた剣技。この瞬間だけ、私は人間を超えた力を手に入れたことを、身に沁みて感じていた。


 使い続ければ死ぬのだと、それは本能的に理解しても、私の腕は止まらない。


 「うおぉぉぉ!!!!」


 耳が聞こえなくなる。痛みが消える。口に塗れた血の味が消える。お互いのローブや戦闘服についたニオイも消える。五感が、視覚だけに絞られて、他4つを全て失う。


 無理をしていた。限界を超えた先、ついにその限界にまで到達した私。更に超えるには、死ぬしかなかった。フライドは焦りを見せながらも、未だに対応を続ける。キンキンッと、音速で響き渡っているだろう音は、完全に遮断される。


 エイルが私を見て叫んでいるように見える。なんだろう。止めろとでも言っているのだろうか。でもそれには応えられない。私は命を懸けて、今この場に立っているのだから。


 無理を言って、私はここに立たせてもらってるのだから。本当なら、私はもちろん、神傑剣士は全員が避難させられたんだ。それを無理言って、留めてもらった。ならば、今更死を恐れて逃げるなんて、許されると思わない。


 贖罪なんかじゃない。これは、私が決めた道だ。


 覚悟を決めた私は――強かった。もう負ける気すらしなかった。見ればエイルも覚悟を決めたのか、私に声をかけることすらもなくなって、目の前のフライドを斬る。


 刀は5本でも、目は2つ。フライドは上下に別れた私たちを、同時に見ることは出来ない。凌ぎ方に苦戦し、次第に感覚が研ぎ澄まされると同時に、フライドに傷がついていく。


 鮮血が飛び散り、ついに口から地を吐き出す。私の目には、もうフライドは止まって見える程に遅かった。だからこの感覚を逃さないようにと、私は接近した。距離を縮めて、精度を増した。


 合わせてエイルも、目から血が流れるほど無理をする。エイルだけでも、フライドの足元に届いた実力は、決して無視することは出来なかった。


 勝てる。


 そう思った時、私は――限界を更に超えた。気派の斬撃を無限に飛ばす中で、私は己の刀を振り上げると、我流剣術を放ちながら。


 「蓋世心技・冥」


 落ち着いたら声音で、多分言った。我流と蓋世の同時使用。負荷は、途轍もなかった。

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