第二百四十六話 一対一

 全力で向かえば、リベニアまでの国境には15分で到着する。しかし、確認したのは王都のすぐ外。1分も必要ない。カグヤとは比にならないほど、加速には自信がある。音速をも超える速さなのは間違いない。駆ける途中、それぞれの戦闘域で抜刀の気配を感じた。


 どこでも始まるらしい。全面戦争。耐えてくれるか神傑剣士。気配を感じ取ったのは、リベニアから3、他からそれぞれ2の精霊種の反応。元より、リベニアへの味方の配属は皆無。全て俺たちで対応すると、決めていた先に予想通り来てくれた。


 「これは楽しそうだな。復讐の相手が、3体も揃ってるなんてな」


 抱えられて運ばれるカグヤ。俺の胸前でカタカタと刀を握って震える手は、その先の憤りと、殺意が込めれれていた。柄を握り潰す勢いで、その衝動を抑えられない。


 かつて、仲間を殺した相手に、俺の何倍も憤怒する。


 「もうすぐだ。手前で降ろすから、その後は2体任せる」


 「分かった。だが、いいのか?流石にお前が2体じゃなくて」


 「相手のトップは、集中して殺したい。簡単にはいかないだろうから、雑務は任せる」


 「お前が良いなら、私も構わない」


 相手も、俺とほぼ同じ速さでこちらへ近づいている。王都内、もう目では確認した。禍々しいオーラがそれを教えてくれる。


 「降りろ、カグヤ」


 「ああ」


 もう反目している。時間にして1秒にも満たない刹那。刀を抜けば即座に戦闘が開始される圧を放つ中、俺はそれでもまだ抜く気配も見せずにただただ目を細めた。


 相手の力量を確認し、測る。正確無比には無理だが、ある程度不足ないくらいは、俺の目は有能。可視化されるような、目で見て分かる気派の流。やはり、取り憑いて力を増している。


 お互いに止まり、進行を止めた精霊種。初めて見る顔に、親近感もなにもなかった。


 ミカヅチは……別か。


 油断も隙もない雰囲気。言葉すら発することにリソースを割けば、一撃で仕留められる感覚をひしひしと感じる。それに対応は可能だが、やはりこの先を通さないためには、安全を確実にする方が賢い選択である。


 宙に浮いた彼ら。1体だけ女体が存在するが、精霊種は無性だ。取り憑いた人間がただ女だっただけで、それ以外の何物でもない。気派のコントロールを完璧にこなせなければ、浮くことは出来ないが、それを余裕の表情で。


 盤石とも言える堂々たる風采に、虚飾なんて感じない。どうするか、そう考えようとした時、一瞬で時は動き出した。クロノスタシスにより、僅かに3体への視点移動をした瞬間に、端の注意していた女が、ピクッと――。


 して刹那、ギィィン!と。


 「あっははは!久しぶりだねぇ、カグヤァ!会いたかったよぉ!」


 「そうか?それは奇遇だな。私もお前と会いたかったぞ、ガムナ」


 狂気の沙汰だった。そのガムナのいう女は、2つの声帯を操るように、重なって、心底唾棄するほど聞き取りずらい声をしていた。


 カグヤはそれに難なく対応し、無表情でまだまだ余裕を見せる。ただ、鍔迫り合いをするための接近に、流石に余裕はあるらしい。俺も目で追えたし、刀も抜けた。相手が俺でないことも悟ったので、抜刀はしないが。


 「おい、ラーザム。妹が戦ってるんだ。お前も来いよ、このシスコン野郎!」


 精霊種、唯一の双子。ラーザムとガムナ。二人で一人の存在らしく、カグヤの記憶にも残されているよう。


 「黙れ。今すぐ行くから」


 俺の頭上を超え、移動したラーザム。俺のことは置物のように思っているのか、見向きもせず空中から駆けた。軽くソニックブームが起こると、カグヤは既に2人相手に刀を抜いていた。


 ならば。


 「残るは、おっさん、あんただけだな」


 「……創世剣士団ヴェロシェレアの秘宝……か」


 「そんな大層なもんじゃねーよ」


 「刀を抜くのは、これで3回目だ。それも毎回お前たち創世だ。流石だな」


 「当たり前だろ。お前こそ、俺の本気を出させた初めての相手になるだろうし、流石とでも贈ろうか」


 「ふっ。面白い」


 何も面白くない。どうしてこんなバカげた力を持つジジイと戦わなければならないのか、親近感も理解に苦しむ。けど、本気を出し切れる唯一の相手なら、それはそれで嬉しいかもしれない。


 ガムナ、ラーザムでは、きっと俺が勝ったから。目の前で、勝ちが見えなかったこの男を、俺は殺せることが幸せだとも思う。


 初めて、カウンターではなく、自分から抜いた刀。真っ白で、あの緑色をした黒奇石から作られた、世界で最も馴染む刀だ。体の前に構えて、こればかりは自分から終わらせようと鋒を向ける。


 「お遊びは好みか?」


 「いいや、一撃が好きだ。特にお前のような、気持ち悪い憎悪の相手ならな」


 「ならば遊んでやろう。お前が嫌がるやり方で、死ぬまで」


 こいつ、本当にやりそうで怖いんだよな。


 「そうか、なら楽しみにしてる」


 負けも勝ちも、何もかもがどうでもいい。そう思ったのはきっとこの時だった。相手に、本気を出すということの喜びを、全身を駆け巡った血が騒いで掻き立てた。


 「私が殺すまで、どれだけの時間耐えられるだろうか」


 「それは、お前が黄泉の国に行った時、どうするかも考えとけよ」


 「そうだな。一応、そうするか」


 慢心しない相手は久しぶり。どいつもこいつも、力に溺れていたからこそ、こうして俺の煽りにも流されない据わったやつは、苦手だ。

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