第二百四十四話 準備万端

 剣士レベルを1つ上げる能力。ノラ・ナーフェリアの人間を超越した力。それは大いに役立つ。それを背に、俺たちは戦うのだから、きっと勝率は高まる。


 「それでも、私たちは鍛錬を受けないと死ぬんだから、受けないっていう選択肢はないよ」


 「そうだな」


 元は受けてもらうつもりだったが、自分たちから意欲が湧いてくれるのはありがたい。可能性を信じ、曲がらない思い。込められたその言葉に、俺は頷かないことはない。


 「だったら暇な時、神傑剣士がルミウ以外時間が空いた日にでも、全員呼んでくれ。その時に、俺対10名の神傑剣士で戦おう。その果てに得られるものがあるはずだから」


 「えっ、流石にそれは不利じゃない?」


 「だとしたら、その考えを否定してやるから、全員を集めてくれ」


 多勢に無勢。この世界で、魔人や精霊種が存在しないのなら、圧倒的な力で君臨した力を持つ者たち。そんな存在が、10も揃って勝てない。そんなおかしな話があるかと、シウムは流石に否定した。


 しかし、考えればノラの固有能力も、創世剣術士俺たちも、リュンヌの血も、この世界の力の均衡を崩すには十分な存在が生まれること自体、おかしいんだ。


 つまりは、元よりこの世界の理は、精霊種か人間種、どちらが勝つかの鬩ぎ合いをするため、創り上げられたのだと思う。真意も真相も定かではない。しかし、そう思えるほど、今の俺たちには最強が揃いすぎている。


 「嘘偽りはなさそうだね」


 「嘘は好きじゃないからな。お前たちの命も懸かってるんだから」


 「そっか。私たちは、王国では指折りの天才でも、イオナたちからすれば、足元にも及ばない赤子ってことかぁ」


 「いいや、足元には及ぶぞ。そうなるようになるからな」


 剣士としての実力や才能は、簡単に左右出来る。出来ないのなら、生まれつき人間に最強が存在するはずだ。レベルの違いはあっても、実力に差が生まれないように我流剣術が存在する。レベル6になり得る存在となるためのチャンスが、どんなレベルにも。


 力は劣るとはいえ、その高みを目指せば間違いなく神傑剣士にはなれる。だから、この世界は平等に実力世界なのは、あながち間違いではない。


 「明日にでも呼びかけるよ。全員来てくれると思うし」


 善人の集まりであり、仲間思いの神傑剣士。誰もが誰かの背中を追いかける、最強たちの戯れ。きっとこいつらとなら、最後を乗り越えることは可能だ。


 「そうか。だったら楽しみにしててくれ。後悔しないように、しっかり叩き込んでやるから」


 右も左も分からない、ただの剣士から、今では大きく育ち、我儘も言って自由を掴み取った俺たち。日々鍛錬を欠かさず、王国のために頭を、首を、腕を、腹を、足を傷つけてきた仲間なら、刀を抜いて納刀まで出来るはず。


 そう。信じてるから、俺はあいつらに背中を預けれる。


 絶対な勝利。それは、揺るがねーかな。掴むしか、答えはないんだしな。


 沈もうとする夕日、それに誓うは明日が来ること。この世界で、また明日、俺は夕日を見なくてもいいから、残ったこいつらが、国民が、朝日を見れるなら、俺はそれでいい。だから、鍛錬を甘えさせるなんて、俺は一切なかった。


 ――集められて、棒立ちする神傑剣士に、俺は執拗に斬りかかった。もちろん刀は使わず、気派で纏った鋭利な何かで。


 鮮血の代わりに、悲鳴が飛び交う。無理だと、死ぬのだと、助けてと、止めてと、悲痛な叫びが。一歩間違えば、その場で首を短刀か刀で弾いてしまうような、そんな苦しみ。


 でも、そんなことはない。死なない。死にたくない気持ちがより上回り、10名相手に次々と休みなんてなく、死を覚えさせる。1時間、常に動き回って、休憩なんてなかった。


 全員2度は気絶し、多くてメンデが5回の気絶。日々の怠惰が体を蝕み、それ以降息が整うまでに12分必要だった。決死の覚悟とはまさに今の神傑剣士だ。


 この先何があろうと、絶対に味わう死を前に、こんなにも情けなく、怯懦に覆われ、愚痴を吐露したのは初めてだろう。自分に自信がなくなり、幻滅失望する者も居た。


 それでも立ち上がり、前へ前へ、死にたくないから、国民のために、自分のために、優先順位なんて甘えた言葉を消して、戦うことを覚悟して刀を構える。


 ヨロヨロで、無駄にオラオラしたエイルは、泣き出しそうなほどメンタルを抉られ、あれだけやる気のあったシウムは、1度両手を地につき、震える腕を宥めていた。


 全身、1つも打撲のない神傑剣士は存在しない。全員、1つは体に何かしらの傷を負っている。刀だけでなく、近接戦闘として殴り、蹴りを繰り返した俺は、それなりに残忍で残酷で冷酷で、仲間嫌いに傷つけた。


 所謂ボコボコというやつ。身に沁みて分かるだろう、死を前に、敵対心をむき出しにして殺しにかかる。俺は敵だと、そう思わせて受ける恐怖は、何よりも苦しい。


 使い続けた刀は折れ、自慢のご尊顔も汚れ、肝が据わった豪胆さも消え去った神傑剣士たち。


 「――成長したな」


 もう、教えることは何もなくなった。敗北を知り、戦い方を学び、虚な知識を豊富にし、戦い方を学んだ神傑剣士。瞬間移動も、拘束も、解く方法は教えた。


 さぁ、出発だ。いや、出迎えの時だ。全てを懸けた、俺たち人間の限界と、精霊種に堕ちた人間の限界。どちらがこの世を統べるか――限界突破レベリングオーバーの時間だ。

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