第二百四十三話 可能性

 ――「――ということで、確率的な話になるんだけど、最大なのはミカヅチが連れて行かれた可能性だね。何かしらの戦力に使われる可能性があるよ」


 戻って来たのは、頼んでから1日も経過しなかった時。全力で走って来たから、でも、それはカグヤに抱えられていたから息切れはしていない。でも、息切れ寸前なのは、あちらの状況が最悪に近いのだとは示唆していた。


 「カグヤは?」


 洞察力の神とも言えるシウムの意見に、俺も頷きはするが、一応隣で立ってそれを確認したであろうカグヤにも、思いは聞くべきだと問うた。


 「私も共感してるよ。なんにも知らない村のことだから、私の意見なんて参考にもならないだろうけど、少なくとも人数が合わず、村長が消えているなら、その線を追いかけて間違いはないと思う」


 「そうか」


 聞けば忍がミカヅチを除いて死んでいたとか。確かにあの時、ミカヅチと話をしていて、剣呑な雰囲気は悶々としていた。しかしそれが、こんなタイミングとは。


 「取り憑くための依り代か、若しくは単なる戦力か。仲間が殺されたことによる限界を超えた力の蹂躪。それを目の当たりにしたやつらが連れ帰ったとも考えれる。……芳しくないな」


 ただでさえ、たった今115名を始めとした、神傑剣士の星座を埋める大会で進捗状況は悪いというのに、更に積み重なるのは……考えものだ。


 現在、王国民の避難は始まっている。しかしそれは、全て神託剣士88名によるもの。止まらずスムーズに行けば、計画3週間で完了するが、それも確立はしていない。


 残されたヒュースウィットの猛者たちも、まだ鍛錬を始めていない。窮地に追い込まれてるとは思わないが、これは少しばかり焦燥感に背中を押してもらう必要もありそうではある。


 「取り敢えず、ミカヅチの件は敵になったと、最悪を想定してくれ」


 きっとそうだとしても、悲しきかな、ミカヅチは相手にならない。それはもうとっくに掴んでる確たる証拠。目で見て、最大値まで測っているのだから、間違いはまずない。


 「しかし、精霊種に取り憑かれるとなると、先は怪しいんじゃないか?」


 「まぁな」


 精霊種は、稀有な人間であればあるほど、その力を十分に発揮する。取り憑かず、単体で王国を1日で滅ぼすと言われる存在が精霊種だが、固有能力のレベル6に持ちに取り憑くことで、1日で世界を滅ぼすとも言われる。


 ならば忍のレベル4、若しくはレベル5はそれに近い能力値を叩き出すはず。苦戦は確実だろう。こちらには守るべき存在もあるのだから。


 「そこらは、俺がどうにかしてみせる。一応の策は考えてあるからな。1度会った善人だが、もう取り憑かれるのであれば殺すことに抵抗はない。だから、心配するな」


 人を殺すことにも、魔人を殺すことにも、動物を殺すことにも、何にも感情はない。強いて、行動原理となる正義感からの憎しみだけが存在する俺。


 今更人の死を悼むなんて、そんな人間らしさは出せないし、元から俺に優しさなんてそんなものは備わってなかった。学園に通う時から、魔人であることなんて知ってたし、感情が皆無だって、でも憎悪だけは残ってるって知ってたし。


 「それらはお前に任せる。私たちは、最終調整に入るからな。それまで、お前は出来ることをしててくれ。これでも守るべき王国として思ってやってるんだ。最後まで尽力する」


 「ああ。助かる」


 「ちなみになんだけど、ルミルミだけがカグヤの指導を受けれるの?資格とかないなら、全員カグヤに教えてもらえばいいんじゃない?」


 シウムの向上欲は、人並み以上。常に強くなることを研究し、貪欲に前を歩きたがるのは、変人で狂った性格の唯一の利点でもある。


 「それは不可能だ」


 だが、不可能なのは不可能なのだ。もちろん納得するわけもなく、シウムは、オッドアイではないが、若干色味の違う翠の双眸を、カグヤに向ける。


 「なんで?」


 「ルミウはリュンヌの末裔で、お前たちはただの人間だからだ。我流剣術を身につけるには、それなりに時間が必要で、圧倒的な実力が必要だ。それをこなせるのは、ルミウですらギリギリのライン。お前たちでは、1日で死ぬだろう」


 本当だ。カグヤは、気派を通じて死を目下とする鍛錬を行う。絶対的で抗えない。受ければ自分の精神が壊れ、最悪神傑剣士と名乗れないほどに、内側が壊れる。


 それを耐えれるのが、偶然リュンヌの末裔で、偶然エアーバースト持ちで、偶然二刀流として気派の量が多い、気派に恵まれたルミウだけ。


 いくら神傑剣士でも、カグヤの死の鍛錬に挑める者は1人だけだ。


 「そんなのあり?そんな相手と互角か、それ以上の相手と戦うんでしょ?私たち大丈夫なの?」


 ごもっともな心配。しかし。


 「大丈夫だ。カグヤじゃなくて、俺が居る。シウムたち、他の神傑剣士には、俺なりのやり方で上へと上がってもらう。カグヤより楽でも、それは一瞬だけ。それでいて、死を前に自殺しないことを条件になら、鍛えは出来るからな」


 「ホント?」


 「……ふっ。そんなウキウキとしてられるのも、今だけだぞ」


 「徐々に上げていくから、いきなり絶望なんてことはないけどな。そこはカグヤに比べていい方だ」


 そこだけは、な。一応、鍛錬ではなく一方的な強化という意味合いで進めることになる。残念だが、たった1ヶ月で鍛錬しても、付け焼き刃にすらならない。


 ならいっそ、死を前にしてくれるだけでも、戦い方に可能性は生まれる。それに、うちには最強のサポート王族が居るのだから。

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