第二百四十二話 居ない

 「雨降ってて良かったね」


 「そうだな」


 黒雲に降らされる雨。響く雷鳴。歩きにくい泥濘。衝突する雨音。どれもこれも、隠密には似合っていた。サントゥアルに足を踏み入れたのは初めてだが、どうも居心地が悪い。


 隣立つシウムという、やけに洞察力の高い女は、意識は常に目の前の村にありながらも、会話の意識は私に向けていた。現代にも、こんな気持ちの悪い緻密作業を可能にする存在がいるとは、少し驚きだ。


 そんなシウムと、私はイオナからの頼みにより、遠くから村を俯瞰している。


 「どう?カグヤにはここに敵、居ると思う?」


 「いいや。皆無だな。いい加減下に降りて確認したいと思ってきた頃だ」


 「なら行こうか。私も早く帰りたいし」


 と言いつつも、心の中では恐怖心が芽生えているシウム。今まで感じたことのない遠距離からの気派の干渉に、胸を苦しめられたことがトラウマとなったのだろう。


 私だって多分そうなる。これまで最強の名を背負っていたのに、突然未知の、想定外の力が胸を締め付けたら、恐怖に駆られる。だから今、ここで平然を装えるのは流石だ。


 雨が重力に従って落ちる勢いに倣い、私たちも飛んで降りる。泥濘でも、両足着けて降りることで、滑らずに力を全て消した。


 「良くない雰囲気だなぁ。結局、私の嫌な予感が的中したってことか」


 「ここが襲われることを予知してたのか?」


 「予知っていうか、そういう天啓かな。ここに初めて来た時から、ここはいずれ消えるって頭の中で確信に近いものが生まれてた。私の勘違いかと毎回思うけど、毎回的中する」


 「ほう。お前も気持ちの悪い人間だな。異能力を持つものは総じて人間という領域を逸脱している。ルミウもお前も、エイルも」


 特異体質ということで片付けられているが、それはつまり人間の為せる技じゃないということ。リュンヌの末裔や、特異体質、天啓などの異能力に近い逸脱者は、今後を大きく左右する。こういうやつらは、結構好みだ。


 「ありがと。さっ、この死人たちの数を確認しようか」


 「ああ」


 動じずに、既に転がった死体の1つを調べるシウム。腹部から大量の血液が流れ出ており、私服姿から殺されてるのを見るに、暗殺だろうか。なんにせよ、この場には生存者が居ないことは明白だった。


 「何とも思わないのか?人の死に」


 「慣れたよ。私も殺す側になることはあるから、抵抗はもうない。1度きりの関わりなら、それなりに情は少ないし、悔やむのは時間の無駄だよ」


 鍛え上げられた精神は、死人にとっては残酷なものかもしれない。悲しまず、思いもないのだと悔やむこともない。だけれど、それが正解でもあると私は思う。だからここに来たことは徒労に終わることはない。それは、心なんか読まずとも、密かに握られる左手の震えが教えてくれた。


 慣れても、許したくはないんだな。


 「殺された理由はなんだと思う?精霊種の動向に関係あったりする?」


 「……どうだろうな」


 精霊種は特別を好み、人間を嫌う。それが最大で唯一の特徴だ。それを行動原理とするから、人間の世界へ飛び出たらまず、稀有な人間を探して、その後に蹂躙する。


 ただ、だからといってサントゥアルの民が殺したとも思えない。知られてないだろうし、知っていても相当な戦力になることは知ってるはず。どっちに転んでも死ぬ意味はないように思える。


 「秘密漏洩の危機を前に、仕方なく殺したかもしれないな。お前やイオナとは、ここは関係があったんだろう?それならば、忍だと知らなくてもこの地を蹂躙することは考えられる。精霊種は手段を問わない。人間だとしても、堕ちたら堕ちた分だけ、極悪非道になり得る。それが今のとこ、私の最有力な考えだ」


 「あるかもね。他にも貴重な黒奇石の試し斬りにされたか、それとも他国へ運んだことが逆鱗に触れたか。何にせよ、殺された人を確認しよう。もし数が合わないと、少しでも分かることがあるかもしれないから」


 「だな」


 冷静さを持つ姿は、どこかイオナにも似ている。普段から巫山戯る、変人だと聞いていたが、今はその調子は消えている。時と場合を考えて行動出来るのも、神傑剣士という最高位に立つからだろう。


 シウムと隣並び、その先へと向かう。転がる死体は1つだけで、他は家中がほとんどだろう。生存反応が確認出来ないこの村に、呼吸をする人間は絶対に居ない。魔人も、精霊種も、王国のクズどもも。


 ――「53……数が合わないね」


 村を一周し、隅々まで探すこと3時間。未だに激しく叩きつける雨粒は消え去ることを知らず。


 「聞いていた数は?」


 「54だよ」


 「1なら見過ごしてる可能性もあるな。また調べ直すか?」


 少しのミスが、後々命取り。イオナからの頼みでもあるから、油断も隙も許されない。そうして面倒を始めようと、私が動き出すと、静止しようとシウムが言う。


 「いや、居ないのは村長のミカヅチ……だから、ここらへんで死んでることは考えにくい。連れて行かれて、何かしらの情報を吐かされてる可能性が高いかな。逃げることはまずないし、見つからないとこで殺されることもないはず。死ぬならまず先に、ミカヅチだろうから」


 きっと、これを言うのがルミウなら怪しかった。だが、シウムという、洞察力に長けた逸脱者ならば、頷くには十分な内容だった。

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