第四章 御影の地編

第百七十九話 踏み込み前

 リベニアを出て半日が経過した今、私たちは久しぶりに5人で揃っては、前へ前へと御影の地を目指して歩いていた。進めば進むほど、薄暗い先が常闇へと消えていくようで、天候も操作されたのか、出国時快晴だったのが、その面影すら全くなくなっていた。


 それでも左右と後ろに立つ剣士3人のおかげで、不安要素は皆無。ドキドキすることはあっても、信頼し、絶対を誇る剣士たちだからこそ、今ついて行けている。


 元々ニーナは何事も怖がらない性格であるため、この中で1番感情が沈んでいるのは私。剣士たちはどうしても、その戦闘欲に駆られてしまうがために、目を輝かせては歩く速さもそれなりに速い。


 不気味さを放っていても、それは一切変わらない。


 「暗いな。本当に死が待ってるみたいだ」


 視点を右往左往させて、周囲の警戒を怠らないようにと常に気を張っている。ここはまだリベニア領だといえど、もう人は住んでいないし、動物だって見かけない。


 「御影の地に足を踏み入れたら、どうなるんだろうな」


 「その瞬間に殺されるかもね」


 「そんな面白くないことはしないだろ。多分俺たちがここに来てるのはもう知ってるだろうしな」


 イオナ先輩が契約したという魔人との5ヶ月後。それは正確な5ヶ月ではないため、この日にここに来ているかは相手も不明瞭のはず。それでも確信して言うところ、何か理由があるのかもしれない。


 昔からの付き合いだからこそ分かる。知らないことでも知ってしまう。察してしまうその未来予知したかのような能力。まるでこの世を統べる理の神のような。


 「未知って怖いね」


 「解体ショーの方が怖いけどな」


 「よく冗談が言えるね。君のその豪胆さには感動するよ」


 「そりゃどーも」


 お互いに全く恐怖感を抱かない神傑剣士。右に立つ実力者が居ないと言われるからこそ、その自信は根につくのだろう。


 「それにしても、ここらでは敵は出てこないんだな。やっぱり御影の地とこちらの世界は隔たりがあるのかもしれない」


 「魔人は御影の地で本領発揮するとも言ってたからね。本当ならこちらの世界に来る時も契約があるのかもしれないし。確定ではないけど、可能性は高いね」


 「ルミウ様の言う通り、誰も彼もが攻めて来れるとは思わない。それが許可だとか、口で何とか出来るレベルでもないってね」


 「流石は唯一の帰還者」


 「天啓だよ」


 フィティーも御影の地という場に於いては、天啓のような異能力を発揮する。神傑剣士2人にも劣らない、特異な力。私にも刀鍛冶としての固有能力は備わっているが、それを遥かに凌駕する。


 これから先にとても有能な力。この日のために授けられたかのような、大きな代償を経ての力。


 「っと、そんな話してると、すぐそこらしい」


 右を守るイオナ先輩の一言は私たちの足を一気に止めた。


 気派の扱いに長けていない私にでも分かる。禍々しくも重くて淀んだ並々ならぬ空気感。交われば呼吸をするのも難しいような、今まで感じたことのない圧。


 「ついに来たね」


 先へ進むとそこが世界で恐れられる御影の地。入れば最後、誰も戻って来ることは無かったと言われる不倶戴天の地。お互いが忌み嫌う最悪であり災厄の地。


 「……入りたくないってこれ」


 「はい、シルヴィア1ビビリ」


 「なんでそんな元気で居られるのか、私には分からないんだけど」


 顔を顰めるのは私とシルヴィアだけ。この世界の特異存在である3人は顔色変えずにその場に立つ。いや、1人目つきが変わっていた。


 「これでも一応は過去1恐怖を感じてるんだぞ?」


 「楽しみが勝ってるように見えるけど?」


 「見間違いだ」


 微塵も感じさせないその瞳からは、早く踏み込みたいとの意志しか感じられない。子供のように、自分の実力を発揮出来ることに高揚感を得たい一心で。


 流石はイオナ先輩だ。


 「もし入って具合を悪くするなら、その時は気派でカバーする。死ぬことは絶対に無いから安心していいぞ」


 出来ないことは何もない。だから未知の中で信じられないことが起こっても、何とか対応をしてみせる。そう言われているようで、心底安堵する。


 「敵対することになったら?」


 「操られてってことか?」


 「うん」


 「精神支配は効かないからそれは無いな。もしあるなら、その時は俺よりも格上の存在ってことになるから、どの道逃げられない」


 「……聞かなければ良かった」


 「そうだな。言わなければ良かったな」


 どれほどの猛者がここには存在するのか不明だから、もしもの仮定で話す。御影の地を含めても、イオナ先輩が最強であることを願うしかないか。


 「入り方はどうする?同時?」


 「入って早々に刺されるとかは無いだろうが、一応同時が良いな。その場で気絶とかされるなら、対応は早い方がいい」


 「了解」


 「ねぇ、これ一歩入って外に出て、帰還したってことにならないかな?」


 シルヴィアの弱音はいつまでも続く。隣にいる私はホッコリするが、本人はそれどころでもなさそう。


 「そんな可愛いお話があるかよ。手紙で今日向かったって報告してるんだから、帰還したって早すぎて嘘と思われるぞ」


 「はぁぁ」


 深くため息を。どうせ今からは帰れないんだし、ここで吐き出してもいいだろうとシルヴィアらしい。


 「ここで立ってても始まらない。そろそろ行くぞ」


 「了解。緊張するよ」


 笑うイオナ先輩を筆頭に、それに続く形で私たちは背中に付いて行った。

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