第百七十八話 今度こそ、御影の地へ

 紆余曲折を経て、サントゥアルを出国した俺たちは、リベニアにて最後の準備を整えていた。見慣れた工房。足を踏み入れたのは数少ない期間だったとはいえ、リュートの出現により、脳裏に刻まれた形。


 そこで5人。久しぶりにニアとフィティーの顔を眺めながら、今後についてを軽く話し合っていた。


 「フィティーの言うことが確かなら、食料とかは必要無いだろうし、睡眠とかも同じだろうな」


 「一応は考えるべきだけど、私の目は多分正しいから」


 「そうか」


 失った左目が、御影の地を教えてくれる。計り知れない異能力のような碧眼。いや、黒白眼ムーンシディアン。それが嘘だとは言っていないと、信じれる情報はなくとも信じさせる。


 「なら、真下に進むだけだね。何日ほど歩く予定?」


 「1日も必要ないとは思う。でも帰って来た人がいないから、それも確かなのかは分からない。最悪でも2日あれば着くと計算してる」


 場所は知れても、距離は分からない。近づきたがる人も皆無で、帰還者も皆無。


 「一応黒奇石は持って行く?」


 「持って行っても作れるのか?」


 「いいや、爆弾としてだよ」


 気派を込め続けることで、黒奇石はその圧力に耐えられず、風圧だけだが、莫大な力を持って爆発する。半径5cmの黒奇石でも、俺が全力で溜めるならば家を破壊するほどには爆発力は高められる。万能な石でもあるのだ。


 「なるほどな。それなら頼んでもいいか?」


 「もちろーん」


 シルヴィアとニアには一応、3人のそれぞれの刀をホルダーに。黒奇石を背負ってもらうことにする。


 「こうしてみると、やっぱり御影の地は未知だから、何を準備すればいいのか分からないね」


 「刀だけあれば問題ないだろ」


 「それが君の命取りになるかもしれないよ?」


 「怖いこと言うなよ」


 心配していない心配を、気持の籠もってない様子で言う。緊張も何もなく、ほぐすことすらも無いから杞憂となるが。


 未知に突っ込むというのにこの緊張感の無さ。俺を信じてって意味でこうして和気藹々と談笑しているわけでもない。それぞれが万全を期し、未知でも乗り越えられると信じているからこその安心感。


 剣士、刀鍛冶共に質の高いヒュースウィット。そこで表裏で最優と呼ばれる刀鍛冶に、表裏で最強と呼ばれる剣士。そして特異な異能力を持ち、御影の地の先駆者であるリベニアの最強剣士。不足はない。これで敗北するならば、今後は誰もが御影の地へ向かうことはなく、新たな神の子が生まれ無い限りは誰も踏み入れはしない。


 覚悟は常にしていた。襲われることもそうだ。だからこそ、今この場でリラックスをする。場違いでも構わない。今から俺がするのは、待ち望んだ冒険なのだから。


 「最終確認は終わったな。後はここを出て、南にひたすら歩くだけ、か。亀裂ってか境界線はあるんだろ?」


 記憶は曖昧でも、覚えるべきことは覚えたフィティーに問う。


 「多分だけどね。誰も彼も、御影の地って分かるように、先が不気味なんだろうし、イオナとルミウ様なら見分けはつくんじゃない?」


 「何が起きるか分からないからな。その時に気派すら感じないなら、確定とは言えないな」


 基本は気派を見分けて様々なことを判断する。俺はその他、生気によって分けられる特別な力を持ち、ルミウは固有能力でそれらを細かく判断可能。それでも読めなければ確定はしない。


 「入ったら、その瞬間から何が起こるか分からないんですよね?」


 「そうだな」


 「その点に於いては、私たち3人で周囲の警戒を高めるから、問題はない。奇襲には耐えられるから、それらは気にせず入ってもいいよ」


 「間に入っとく」


 長けたテリトリーをそれぞれ持つからこそ、その時に入って来た相手への対応は完璧に出来る。殺すも生かすも、その時のテリトリーを扱う人によって決められる。3人中3人が殺すだろうが。


 「気にするべきは死なないことだな。第1にそれを考えて剣士の後ろにつく、若しくは固まって行動するのが最善だな」


 「だね」


 「よし、そろそろ契約も切れる。向かうとするか」


 「そう言われると、どこか緊張してしまうよ」


 「ルミウにも緊張とかあるんだな」


 「もちろん」


 言い方に、声音に何も緊張は感じられないが、それでも普段から感情の起伏が激しくない、おとなしいルミウは、少しは心の揺らぎがあるらしい。


 「数々の猛者が亡くなってるからな。緊張はするかもしれないが、俺らはその猛者たちよりも圧倒的に強い。優秀な刀鍛冶に、歴代記録を更新してきた剣士。これ以上は無いってメンバーだから、大丈夫だと思うぞ」


 「だと良いけれど」


 フラグではない。長年の歴史がある中、それらを更新した俺たちならば、きっとその果てに辿り着ける。無理なんて微塵も思わない。見えるは、見越すは戻る未来。


 「ニア、シルヴィア、フィティーも準備万端か?」


 「もちろんです」


 「やる気マックスー」


 「いつでも」


 「そうか。覚悟決まってて良かった」


 始まるのは前代未聞の御影の地を踏破すること。最強の名を背に、任された調査と、約束した帰りを果たすため、その圧にだって耐えてみせる。


 どこまで通用するだろうか。楽しみが今からでも待ち遠しい。右も左も分からない。だからこそ良い。全力を出せるからこそ、俺は求める。


 覚悟の決まったその瞳を、俺は大切にしようと。さぁ。


 「行こうか」


 新たな一歩を踏み出した。

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