第百七十七話 契約満了
再び集められた、いや、集めたのは王城内。それも大貴族、そして新たな王族の集う謁見の間。大事な話があると、俺が彼らに伝えたのだ。内容は言うまでもない。
そこで王を前に膝をつくことなく、俺は堂々と目の前に立つ。無礼なんて知らない。そもそも作法なんて覚えてもいない。他国での振る舞いなんて、尚更に。
だから言葉にだって詰まらない。
「集まってもらって悪い。ってか大貴族までは必要無いんだけどな」
話があるのは王だけ。この国を統べる威厳無き、生まれたての国王。5ヶ月ほど前に伝えた、魔人ボグマスとの契約を、正確無比にしっかりと伝えるだけなのだ。騒がしいだけの大貴族はいらなかった。
王を前に、不敬といえど改めろとも言われない。それほどの面倒を嫌うやつなのだと、周りを囲む老人貴族は思う。
「構わん。何用だ?」
似合わない。どのような成り行きで王族を決定したのか不明瞭なため、何故今目の前で玉座に座るのがディクスなのか、確かなる王族として器のある存在の証明がほしいものだ。
じゃんけんかよ。
頬杖をついては、今は王族俺が地位は上と言わんばかりに俺をそこから見下す。が、全く動じない。気にする必要もない。
「単刀直入に――俺はサントゥアルを出国する」
「……は?」
予想通りだ。俺が居なければ魔人が攻め込んでくる。ということを脳内では誰もが思ったはず。そうならば反応なんて先読みせずとも答えは出る。
実際は逆。俺が居るから攻めてこないだけで、居なくなれば攻めてくるという確証はない。だが、ネガティブに捉えてしまうが故に、魔人に攻め込まれるという危惧するべきことが浮かび上がる。
「は?じゃなくて、それを伝えたかっただけだ。だから、もし今後魔人が攻めてきたならば、自分たちなりに国民を守れるよう対応するんだ。王族、大貴族として、生まれ育った王国の民を守るのは当然のことだろ?俺を抑止力に、いつまでも甘い汁を吸ってたら、お前たちは王族でも貴族でもないただの老人だ。成長の機会にもなるだろうしな」
「待て待て待て!何を言うかと思えば、まだ完全復興ともならないこの王国に、魔人が再び攻めてきたらどうするというのか!神託、神傑剣士はほぼ全滅。抗う手段が整うまでは居てもらわないと困る!」
激しい狼狽を見るに、この5ヶ月ほど何もして来なかったディクスは、自分の王族としての立場を未だに勘違いしているらしい。
「ここに初めて来た時も言ったが、サントゥアルは御影の地へ人間を派遣し、殺戮されてもそれを続け、反撃を受けただけの頭の悪い国家だ。仕返しも考えれない、そして俺らヒュースウィットの支援に甘えて、お前たちは何もしなかった。守らなければと思うほどに良心は無いし、逆に1度崩壊してしまえばいいと思うほどには、大貴族たちは怠惰で傲慢で強欲で無能だ。俺がこの先何年居続けようとも、お前たちは変わらないさ」
地位が高いというのは、単にその場に立ち続ければ意味を成すわけではない。王国を統べるサポートとともに、国民の意見を取り入れ、任された仕事を激務だろうが達成するのが当たり前の立場。
それを知らないかのように今更無力を晒す。今まで何事も全身全霊で取り組んできた果てにこの状態、と、嘘をつかれるのならば、全く優しさは必要ない。
「それに、最悪なことを言うかもしれないが、残念ながら、俺と魔人の契約はもうすぐ最終日だ。元々5ヶ月という、お前たちの復興期間を設けていたが、それすらも無意味だった。本当は間に合う予定でも、お前たちが無力なせいで時間は足りなかった。もうこれ以上は支援も必要無いだろ」
「……どうしろと……」
頭を抱えて迷うディクス。魔人が攻める可能性と、国民の不安を取り除けない状態が、更にそれを強める。
「契約は伸ばせないのか?!」
「伸ばせばお前たちが死ぬ」
伸ばさなくても危機感には駆られる。道は閉ざされた。
「お前たちが変わらなければこの王国は滅亡する。今からでも何かしらの対策を考えて、他国に支援を求めるんだな。もちろんヒュースウィットは何も受け付けない」
やるべきことはやった。必要以上に支援もした。これは甘えて無力の地位に浸り、失墜した大貴族の結果だ。俺を捕らえる方が死ぬ確率は高い。だからディクスも捕らえろとは命じない。
手遅れになる一歩手前。ここからは彼らがどう生きて、民を導くかが命運を分ける。俺は関与しない。もう行くべき先は待ってはくれないのだから。
「それじゃ、伝えたいことは伝えた。今日には俺はこの王国を出る。死にたくなければ最期まで足掻くんだな」
ラザホにもヒュースウィットへ戻るように伝えたので、今はこの王国を助ける他国の人間は皆無だ。
気負いなく、残念だとも思わずに踵を返す。そんな俺に、背後からでも声は響く。
「ま、待て!」
止めても俺は振り向かない。振り向けばそれは助けを要求されることに希望を持たせることになる。無駄に可能性を残させるほど、今の俺は優しくない。元々根からの善人でもない。
サントゥアルの民の悲痛な叫びが聞こえてくるよう。扉を出れば、もう俺を縛るものは何もない。慟哭も、迫る危機も、全てが俺を桎梏しない。外れた鎖は、同時に御影の地へ向かう気持ちと合わさっていた。
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