第百七十六話 休暇最終日

 翌日、朝早くに起こされることもなく、これが休暇というものかと久しぶりの自由を深呼吸することで感じる。昨日の帰宅後、何故か起きていたシルヴィアに細い目で何をしていたか聞かれたが、誤魔化すことで安眠に入れた。


 桎梏もなく、いや、シルヴィアという夜の桎梏はあったが、今は戦いも国務も、するべきだと義務付けられたことをしなくていいという解放感に浸る。


 そんな俺は昼過ぎ、シルヴィアのお目当てである黒奇石の洞窟へと足を踏み入れていた。昨日は色々と濃いことがあったが、そこまで気にしていないため、ルミウとの関係も良好。


 そんな中、シルヴィアは初めて見る黒奇石に。


 「これ緑奇石じゃん」


 「それは俺も思った」


 「私も」


 おそらく目にした人誰もがその名を疑う。黒奇石はその名の通り気派を纏った黒の鉱石。ただそれだけであり、名付けもシンプルだ。それで言うならば間違いなくこれは緑奇石である。


 「でも興味湧くよ」


 黒奇石を手で触れながら、刀鍛冶にしか分からない細かなことを調べて行く。新しい玩具、気に入った玩具で遊ぶ子供のように、キラキラと黒奇石に負けじと輝く双眸は来て良かったと思わせる。


 1つの黒奇石を調べるのに夢中になり、話し掛けても答えないほどには集中している様子。喋り掛けるなとオーラがムンムンと伝わるのはそのせい。


 カンカンと叩いては、その崩れた破片を見透かすように凝視して調べる。大地の力を気派に変換し、その質の良さで刀の元の力も決まる。オリジン刀は特にその影響を受けやすいため、その人だけの刀として製作が出来る。


 叩き始めて5分。暇を感じてきた時、欠伸を隠しながらしたルミウにシルヴィアは、黒奇石と目を合わせて聞く。


 「ルミー、私の製作した四星刀って全部持ってる?」


 「どこの黒奇石の?ヒュースウィット?リベニア?」


 「ヒュースウィットで」


 「全部あるよ」


 シュッと4本、ホルダーから出すと指と指の間に挟む。常に激甚、刹那、久遠、黒真は全部ホルダーに入れ込んでいるため、いついかなる時も出すことが出来る。


 腰に下げたオリジン刀。そして予備のオリジン刀を1本ホルダーに入れ込むため、合計5本の刀を収めている。基本四星刀は使うことはないが、一撃を莫大にする時や、僅差の長期戦、一瞬で決める時に稀に出す。


 「何をするんだ?」


 「この黒奇石を斬るんだよ」


 刀は、もちろん刀鍛冶でも使える。だが、それは自分の製作した刀限定。それでもルミウの使う最強に近い刀を扱えるシルヴィアは、それなりに並の剣士を相手に圧倒する。


 それからすぐ、まずは黒真刀を手に、黒奇石の先端を斬りつけた。ガキンッと聞いたことのない衝突音。目を一瞬細めるほど不快だったが、すぐに意識から消えた。


 そして不快なんて見ず知らず、四星刀で次から次に斬りつける。どれもこれも新しい音のようで、飽きはしなくてもどれも聞いていたいとは思えない音ではあった。


 「やっぱりこれは予想通りだね……」


 斬りつけ終えると刀を丁寧に置き、それをそっとルミウが拾う。良かったか悪かったかの判断のつかない反応。何を調べてるかすら分からない俺には、どっちが正解かも分からないが。


 「問題ですイオナくん。私はこれから何を言いたいでしょうか」


 突然の質問。突然じゃなくとも時間を掛けても答えられない問題を出されるとは、バカもアホも関係ない。


 「全然分からないな」


 「正解は、ヒュースウィットの黒奇石で製作した刀でもこの黒奇石は破壊出来ないってこと。つまり、ヒュースウィットよりも、更に質のいい黒奇石ってことだよ」


 「ほうほう。なるほどな」


 「それは良いことってことだよね?」


 「もちろんそうですとも」


 この洞窟に入った時から薄々それは感じていた。謎に高まる気分が特に違和感を。適合するほどではないが、ここら一帯に立てば力が強化されるような。そんな感覚が。


 「んー、ここの黒奇石って数少なそうだし、取ってもダメだよね」


 「求めるほど困っても無いしな。忍の大切な場所でもある」


 「それもそうだね。休暇で来てるし、調べることも出来たから今はいっか」


 「今は、っていつかは取るのかよ」


 「趣味でね。イオナの解体の次に興味ある」


 「光栄だ」


 持ち運びも大変で、数少ない。今は採掘する暇もないので、ここは一旦見なかったことのようにする。強化が施されるなら興味はあるが、今は万全を期すために、慣れた刀を触りたい。


 「ふぅぅ、これで手持ち無沙汰かな。私は満足したし」


 「そもそもこれはシルヴィアのこれが目的だったからね。私たちも休暇って点に於いては、ゆっくりも出来たから満足」


 「同じく」


 忍と黒奇石。昨日の夜の件など、ここ4ヶ月は全く白くて彩りのなかった日が、たったの1日2日でこんなにも濃く染まった。どれもこれもいい意味で安らぎを得られたことだったので、文句はない。


 「軽く挨拶して騒がしいとこへ戻るか」


 「そうだね」


 ミカヅチが統べるこの村も、繁栄には程遠く人も少ない。昨日は使えそうな人材を探しに向かうとも言っていた。この村が廃れないよう、協力するもの視野に入れるべきだろう。


 休暇は終わった。これからはもう時間のない、ただ自分自身を強化するだけの時間。リベニアに戻り、準備を万端にして向かうは御影の地。悪の死者蘇生という無駄な足掻きを止めるために、俺たちは抜刀する。

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