第百七十四話 最強の思い

 「夜の静かな場所は何も考えなくていい時間だからな。日頃から人の命を守る任務に就く俺たち、いや、俺にはまだ荷が重いんだ。俺が殺したかもって、そうじゃなくても思う。それを消すために、時々夜に1人に夜風に当たりに行くんだ」


 淡々と語られる、テンランにも言ったことのない理由。そこには重みを感じるとともに、私よりも2つ歳下だということを改めて分からせる内容が込められていた。


 「なるほど」


 責任が重い。重圧が無限に掛けられる。18にて最強の名を背負う彼なりの、絶対的な任務達成のプレッシャー。私でさえ、第1座という大きな席に就く者として、比べて小さな圧に屈しそうになることだってある。


 それを、人生を18年しか過ごしていないイオナに全て載せるのは、本人からしたら過度なストレスになる。今では私に最強の称号はない。それすらもイオナへ載せられた。


 たった1人で背負えるわけもなく、でも知らないように気取られないように常に万全でその名に相応しい剣士で生き続ける。それに耐え続けていたことに気付かれないように、国務にも取り組んでいたということ。今思えばミスを私の仕方ないという言葉だけで片付けれるわけもない。


 私が思うよりも、国務で人を殺めてしまった時のあの絶望の表情も、任務に向かう時の焦燥感も、激しく彼なりに重圧に耐えていた証拠だったということ。


 辻褄が合う。ヒュースウィットを出国してから、どこか楽な表情を見せるようになったのも、他国では責任が問われないという理由と、他国の民には無関係という安心要素があったからだと。


 「……君は今、辛い?」


 今はヒュースウィットを出国してから1年が経つ寸前の期間。今はどうなのかと、気になった。すると、その意図を分からなかったのか、首を傾げてフッと朗らかに笑う。


 「いいや辛くはない。今はこうして生きてるし、何も背負う義務もない。ヒュースウィットじゃないと最強の名は知れてないから、断然気楽だしな」


 嘘ではない。調べる必要もなく、イオナの不意の笑顔はそれを証明している。


 「でも、少しなりとも申し訳ないとは思う。守れる自信はあっても、御影の地っていう未知の権化の世界へ俺以外の人たちを連れて行くのは。承諾したってのは分かってる。だが、それは俺の我儘の果てに出た答え。命の危険に晒されるならば、それは後悔になる」


 初めて目線を外して、申し訳ない気持ちを全面に、悟る必要もなく分かりやすくオーラとして出す。夜の雰囲気に、気持ちも同化したわけでもない。単に、イオナの心が揺れているだけ。


 「私たちの承諾はそんな生半可なものじゃないよ。死ぬのはもちろん怖いし、未知なのはそれに拍車をかけてる。だけど、それ以上に君のことを信じてるし、死ぬ気も弱気になることもない。それに、君には私もついてるしフィティーだってそう。目的は御影の地から生きて帰ることだから、君の夢に巻き込まれた、なんてことは一切ない。そうやって、寂寥に包まれるように1人で抱え込むのは止めなよ」


 今ではその時が近づいてきたことにより、巻き込んだという恐怖が押し寄せて来る。でも、そんなことを気にする必要はないと教える。


 「君は前言ったでしょ?ライバルはお前だけ。だから傷つけられた相手を増やすなって。それと似たようなことなんだけど、君が怪我をするのは私を相手にした時だけだよ。それに、最悪君が死ぬとしても、私の知らないとこでは死んでほしくないし、先に死んでもほしくない。だから付いていくんだよ。死ぬ気は全く無いし、負けるとも思わない。だから、そんなに気にしなくて良いんだよ」


 一歩ずつ近づき、イオナの背後まで寄る。音を立てても下を向くイオナは顔を上げはしない。そんなこと見ず知らず膝を曲げ、イオナの頭に後ろから片手で優しく触れる。落ち着かせるためならばと、そのまま上半身を前に倒し、両手をイオナの首元で交差させた。


 「……ルミウ?」


 当然イオナは動揺した。でも、それは激しくではなく、怪訝な表情とともにおとなしく。そんなイオナに、私は重圧を退けるためにと、言葉にする。


 「君は考えすぎだ。君の思ってる以上に、皆、君のことを大切に思ってる。だから、君の考えるように私も彼女たちも、君には1人で悩み落ち込んでほしくない」


 素だった。今この場で適当に思いついた言葉を並べたわけでもない。1人で思い抱えるのは、決して良くないことなのだと、昔からイオナを見てきた私なりの総括だ。


 「……意外と包容力はあるんだな」


 「一応ね」


 冗談でないとムカつくが、今はどちらにせよその言葉を発せたのが、私には収穫だった。首元の私の手にそっと触れ、指先をギュッと握る。ドキッと1度強く動悸が激しくなったが、それも一瞬のこと。


 「指、ゴツゴツしてて剣士って感じだな。女性とは思えないぞ」


 「…………」


 殺意が湧いた。人はこうして本音から慰めるかのように、優しく思ったことを言ったというのに、イオナは私の手に触れてゴツゴツしてて女性とは思えない、と、人としてどうかと思うことを軽々しくも言ってみせた。


 このまま首を絞めてやろうかとも思った。やり返しが怖いのでやることはないが、それでもこの包容と優しさを一気に雰囲気ごとぶち壊された気がして、少しくらいは、なんて思ったりはする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る