第百七十三話 照らすは花緑青の鉱石
簡単に食事を済ませ、結局イオナは私とシルヴィアと同部屋となった。空き部屋はあったのだが、我儘を聞いてもらうことで強制的に同部屋としてもらった。お金にも困らなければ、一緒に寝なければ寝られないこともない。
そんな3人部屋。珍しく、明日が楽しみだと21時を過ぎたとこで眠りに入ったシルヴィア。それを確認して入浴へ向かったが、まだその時はイオナも起きていて、欠伸をしながらもソファにて刀を眺めていた。
だが、私が戻ってくるとその姿はなく。小さく寝息を鳴らすシルヴィアの姿だけが、そこにはあった。何処へ行ったのか気になって落ち着けない私は、まだ冷える夜に1人で外へ出た。
イオナのことだ。どこに何をしに行ったのかは予想がつく。だから、未だ若干濡れる髪を乾かすついでに、その場所へと向かう。一応ホルダーは腰上に装備して。
宿を出ると、灯りが少ない村故に、空を仰げば街灯などの光に邪魔されることなく星空が散々と輝くのが視界へ入る。お風呂上がりということも相まってか、不思議とその景色に心躍る。
村を歩いても少数のため、人影はこの夜には見えない。明かりが灯る家の横を静かに歩けば、談笑する家族の声が聞こえたり。
そんな中をただ1人の剣士を探すために歩く。目的地はすぐそこだ。だけれど走らない。急げばそれだけ必死に探してきたのかと問われる。直前に歩いても、少しでも走ったことはイオナには分かってしまう。
ゆっくり。ただ正解と思える目的地だけを目指す。
そしてついに入口へ着いた。イオナが今日軽く仕事を終えた場所。黒奇石が発掘出来る洞窟だ。細道でありながらも、私1人ならば横に2人は通れるほど。確かに戦闘には向かないが、逆手に取ることだって出来そう。
剣士としての性が出てしまう。染み付いたこの称号は、いつからそれを当たり前にさせたのだろうか。忘れるほどには前らしい。
隣を見ればそこには真っ暗で、先なんて10mも怪しい。夕方見た時は、この先は水平線の奥まで海のようで、髪を靡かせるほどには風はフワッと吹き付ける。
普段はまとめた髪を、今は放置している。入浴後はいつもそう。初めてリベニアでこの姿をイオナに見せた時は、何故か恥らいが大きかったが、慣れた今ではそうもない。
髪に触れると、共鳴するかのごとくヒューッと風が鳴る。足を止めてしまうと、洞窟の奥から漏れる花緑青の光が同時に横目で薄っすら見えた。
私がこれから行く先。そこから星空を凌駕するかのような珍しい発光。同じ色とはいえ、初めて見る鮮やかな色合いに、惹かれないわけもなく。
早足になると、うちに秘めた想いを吐露しているかのようで、なんだかこそばゆい。が、そんなことはどうでもいい。この先に居るのだと、流石にエアーバーストが捉えた。
漏れる光が示す方向へ、私は角を曲がった。
そして目に入るは、真っ先にその花緑青を放つ鉱石。これがシルヴィアの求める黒奇石だと、感覚で分かったのは我ながら流石だ。これならば黒奇石ではなく緑奇石だと、そう心の中では思うが、正式な名称は知らない。
「綺麗……」
ボロっと口から出てしまうのは必然的。それほどにこの景色が私の何かに干渉したということだ。四六時中発光していても、やはり夜には更にその美しさを増すのだと、星空と比べても感動に値した。
見るだけでは何も得られない。だが、満たされる何かはある。ストレス解消だったり、休暇としての心の安らぎ。日々激務に追われる時は、ここに来るというのも1つの選択肢だ。
なんて、ここまで来ても何かしらの激務からの逃げ道を探そうとするのは、神傑剣士に就いてから変わらない。承諾しても、人間たる者、忙しく面倒なことは嫌いな性分。
ここに来たんだから、そういった不必要なことは忘れよう。
心を入れ替え、折角の景色を眺める。だが、ここに来たのはそれが理由じゃない。探す人が居たんだ。
その人は王城を出た時と変わらない服装で私に対して背を向けていた。四方八方を岩に囲まれた洞窟内。そこにただ1人、右膝を立ててその腕を置くように、背もたれもなく座りながら。
「これ、何色に見える?俺にはどうしても緑にしか見えないんだが」
距離にして15mもないほど。この距離ならば気配を消しても存在はバレる。いつ気づいたかは不明だが、流石に私でも早めにバレたはず。
振り向かず、驚きもしない。確信しているその様子は最強に相応しい。
「私も、同じ意見かな」
「やっぱりか」
全く同じことを思っていたところ。それを知っての質問でもない。私も同じことを思っているのだと、そういう予想を持って聞いてきたのだ。
「んで、なんでここに?そんなに寂しくなったのか?」
今度はやっと振り向いて目を見て聞いてくる。座ったままなのは変わらず、自分の思う楽な姿勢で。
「どこに行ったか気になっただけ。テンランからよく聞いていたからね。君は不意に夜に家を出て、落ち着ける静かな場所へ向かうって」
意味はテンランすらも分からなかったし、イオナから教えてくれなかったという。恥ずかしさもあるのか、はたまた別の理由があるのか。
「そういうことか。まぁ、確かに夜はよく外に出たな」
「……理由を聞いても?」
迷ったが、イオナからは不快感も嫌悪感も感じなかった。いつものイオナならば答えてくれると、そう思った。
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