第百七十一話 盗賊の理由

 「そろそろ行くとする。あんたも村に戻って帰りを待ってるといい」


 「手助けは……必要ないな。了解した。ご武運を」


 「ああ」


 忍らしく気配を消してその場から立ち去る。残った俺は、ここから距離にして500m先の洞窟へと向かう。必要なのは刀だけ。洞窟の先に、手こずる相手は居ないと予想するため、この暖かな風に吹かれながらも、気派だけでどうにか出来そうだ。


 両足に力を入れると、目的地へと瞬間移動のように素早く動く。隠密が得意な忍にも引けは取らないと自負はしている。


 着くと、そこで待つのは4人の腰に刀を下げた剣士。見分けはつかないほど、同じ装備と露出度であり、全員がレベル4だ。意図して組んだ4人ならば、それなりに頭を使ったのかもしれない。


 そんな彼らに一歩ずつ歩み寄る。


 「――誰だ!」


 細道を真正面からゆっくりとした足取りで近づく俺に、そう遅くして気づくことはない。曲がり先に立つ1人の剣士が、即座に俺を視界に入れると叫び出す。それに気づくと、抜刀して俺の目の前にぞろぞろと立ち並ぶ。


 「おもてなしのやり方が無作法だな。どうも、俺はヒュースウィット神傑剣士だ」


 紋章部分を千切ったローブとは違う、新しいローブを着用しているため、肩付近の7という数字の刻まれたヒュースウィットの神傑剣士の証を堂々と見せる。


 正直戦いたくはない。刀を抜くのは体力を削る行為。皆無のように等しい気派と体力を削られる程度でも、100人の相手を相手取るのは、視力的に疲れが溜まる。


 面倒は避ける主義だ。


 「戦うか?逃げるか?それとも捕まるか?」


 「ヒュースウィットの神傑剣士……何故ここに……」


 全員が揃って後ずさりしながらも、俺から意識を離すことはない。いつ襲われても良いよう、万全の体制を整えている。


 「面倒は嫌いだ。お前たちが今から、ボスだかリーダーか知らないが、組織のトップのやつに神傑剣士が来たからどうするかを聞きに行って、結果を聞かせてくれ。時間は10分だ」


 「……分かった」


 「聞き分けの良いやつは好きだ」


 返した男が即座にその場を去る。続いて残された3人もクルッと踵を返そうとするが。


 「待て待て、お前たちは俺とお喋りタイムだ。ここに来た理由から何まで話してもらう」


 「…………」


 顔を見合わせて、逃げることは不可能だと首を縦に振る。圧倒的に歳下の俺に対して不信感も何もない。やはり紋章は証明に役立つ。


 のそのそと気力を無くしたかのように、今度は俺に歩み寄る。忍とは違い、露出した肌は少なくとも、顔は大いに曝け出している


 「さぁ、まずはなんでここに拠点を構えて、珍しい黒奇石を採取しようと?」


 そのカチカチのヒンヤリとした洞窟の地に、胡座をかいて問う。それを見て3人の門番たちも、ドシッと重い尻を落とす。


 「……金銭面……です。俺たちは隣街の者なのですが、ディクスという大貴族がそこら一帯の領主であり、収入の半分を持っていかれてしまい、王都が襲われてからは8割と、もう生活が苦しいんです」


 またあいつか。悪辣人間極まってんなーマジで。


 「なるほどな。やりたくてこうしてるわけでもなく、罪悪感に駆られながらも命懸けで採取してるのか」


 「はい。俺にもこいつらにも家族は居ます。俺たちが罪を被っても家族が少しでも楽になれば、それでいいんです」


 視界に入れた瞬間から、彼らには全くの意欲が無かった。本当は戦いたくなくて、無理を強いられているのだと、バカでも分かった。


 嘘はついてないと、それは息をするように分かる。俺の目の前に、もう限界だと、バレてしまっては仕方がないと覚悟を決めて座ったのも、そういう意味から来たものなのだろう。


 無慈悲な罪は背負う必要はない。


 「苦労してるな」


 これで2度目だ。本当は自国の紋章を傷つけることは許されない。だが、名誉に変えられるのならば、俺は容易く千切る。


 右肩に手を伸ばすと、紋章部分を左手で丁寧に、でも勢いよく千切った。ビリビリっと音を立て、目の前の剣士たちを怪訝な表情へと変える。


 「何を……?」


 「これをやる。これを持ってディクスに伝えるんだ。この紋章を渡してくれた神傑剣士が『搾取をするのを止めなければヒュースウィットからの救援は絶ち、今後一切の支援を受け付けない。そして、それを守らなければ大貴族としての地位から下ろす』と言っていたってな」


 「それはどういう意味ですか?」


 「あんたたちの街を救うための鶴の一声だ」


 紋章を座る彼の手のひらに載せる。


 「悪用するならばその時は即座に首を斬る。大切に慎重に扱って、ディクス以外にその紋章は見せるな」


 「……いいのですか?盗賊と云われる俺たちに」


 「大丈夫だって俺が思うから渡した。それで失敗だったら、その時は死んで詫びるさ」


 覚悟は毛頭ない。彼が悪用するような人間ならば、そもそも渡してはない。それに家族が、なんて言う嘘をつかない本心が暖かみを持つ人間が悪用は考えられない。


 ギュッと握りしめると、紋章を内ポケットに丁寧にしまう。大切にするのだと、言葉ではなく行動で示してくれた。


 「ありがとうございます」


 「トップのやつが来たら、それも渡して街に戻ってから、王都にいるディクスのとこへ向かうんだな」


 直談判が有効的。俺が一言言えば問題解決だろうが、これはサントゥアルの街と領主の問題。民に不満を募らせるほどのことをしていると、自覚をさせるのがディクスを少しはいい方向へ運ぶだろう。

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