第七十六話 左目の機能

 「今から作業に移るが、その際に気をつけてもらいたいことが幾つかある」


 何となくだが俺の今からやることを悟ったルミウは準備万端。って言っても常にエアーバーストは発動中なので準備万端ではないときはない。


 2人ともに真剣な面持ちは変わらず、俺の言葉に耳を傾けていた。


 「俺とルミウが作業中にフィティーは絶対に両目を開かないこと。そして俺がいいと言うまで還を巡らせ意識しながら、気持ちを揺らさないこと。この2つが重要になる。両目は何かしらの理由で開いてしまってもやり直しが出来るが、少しの感情の変化による気派の乱れは、最悪右目を失明させる可能性がある。だからこれは俺らだけじゃなくてフィティーも重要な役目を担うことになる」


 脅すように言うが実は心配してなかったりする。フィティーの落ち着きと集中力はこの目で何度も今日1日見てきた。その上で言わせてもらうが、このバケモノが集中すると成功しない気がしない。空気感が変化するように、絶対成功への道が開かれるのだ。


 フィティーが無意識にそう導く力を持っているようで、感じたことのない不思議な現象に俺は10回も驚かされた。


 「分かった」


 「大丈夫、私たちがミスしたことは今まで18年と20年で1回もないから」


 これほど安心出来る言葉はないぞ!俺じゃなくてルミウが言うなら間違いはない!


 それにより完全に安心しきったフィティーは静かに両目を閉じ、まだ熟知してはいないものの、今からの作業に問題ない程度には気派の扱いを始める。


 ここからは俺とルミウの念話が鍵となる。言葉を発するのは感情に影響を与える。もしも「あっ!」と言えば焦りの渦に巻き込まれて失明へ一直線。少しでも可能性を高めるんだ。


 『始めるか』


 『了解』


 流石の俺でも巫山戯ることはしない。やりたいとも思わない。


 あー、このギャップでルミウは萌えて好きになるんだろうなー。あっ、心の中では巫山戯るけどな。


 『まず俺がフィティーの還を支障ない程度に左目の神経に集めるから、それを感じたら少しずつ繋いでくれ』


 左目のすぐ横に右手で触れながら体中の還を集める。この世界で俺だけが使える集。代償は大きいが、その分力は比例して強大。


 今も変わりなく落ち着いているフィティー。ここで喜怒哀楽何かしらのブレが生じるなら集めた還が一気に目の中に広がり、右目に侵入し細胞ともに神経を破壊する。だが、そうなる気配はない。


 『繋げたよ』


 『了解。なら次に1割の発を左腕に出してくれ』


 『うん』


 ルミウの左腕を掴み、フィティーの左目と俺の体を通して繋げる。1割とはいえど、莫大な量なのでしんどいのに変わりない。


 集で左目の中だけにこの気派を留める。そうすることで永久的な気派の具現化が可能になる。両者質の良すぎる気派なので精度は良いってレベルではない。


 全てを送り込むことでフィティーの還、ルミウの発が混じり合う集の完成。たった左目の中だけという狭い空間だが、それでもこの世界で唯一の集を体の中に永久的に発動中の人間となった。


 これで完了!


 「よし、まずは右目から開けてくれ」


 そっと失明の可能性が過りながらも開く。


 「……見えるよ。何も変わってない」


 「じゃ、左目だ。ゆっくり開けてくれ」


 さぁ、成功か失敗か。


 「……うわぁ……何これ……」


 「反応的に成功みたいだな。左目には常に発と還が繰り返し使われているから永遠とそれが消えることはない。今、左目だけは右目で見えてる空間が白黒の立体図のようになって見えてると思う。それは暗闇の中でも光の中でも変わらず見えるものだ。発で身を纏うように、目から常に発が放たれてるからサウンドコレクトと同じで地形に気派が反射して形を捉えてるんだ」


 「つまり、色が無いだけの視野ってこと?」


 「そういうことだな」


 「すごい……」


 手をグーパーしたり体を動かして目でその動きを捉える。左目が復活したことにより、視野角が元通りにもなる。いや、もしかしたら広くなってるかもな。慣れると360度全ての地形を頭の中で把握することが可能になる。


 もちろん距離も伸ばすことが出来る。フィティーならどこまで伸ばせるか、これからが楽しみでもある。


 「良かったね、成功して」


 「はい!ルミウ様もイオナもありがとう!」


 「それほどでも」


 ルミウはいつだってクールだ。嬉しさを滲ませているが、それを悟られないようにするとこは全然可愛いんだけどな。


 「これで剣技も扱いやすくなるな」


 視覚とは、何をするにしても1番必要になる五感だ。故に頼りすぎることで優劣がつくことも少なくない。だが、この目の前にいる王女は今まで目を失った状態でこの才能を腐らせていただけ。ただでさえ才能があるのに、目にも頼らない感覚で動くタイプに育つのなら……俺は負ける可能性だってあるかもしれない。


 「とりあえず今日はここで何もかも終わろうか。また明日から一段とレベルアップしないとだしな」


 まだ興奮冷めやらぬフィティーとそれを保護者的立場で見守るルミウ。どちらも見ていて絵になる。幸せをお裾分けしてもらってる気分だ。


 「なら、みんな揃ってからそれぞれの部屋に案内するよ」


 「分かった。ニアもシルヴィアもそろそろ戻ってくる頃だろうしな」


 まだ1日目にしては詰め込みすぎたが、これが後々プラスに傾くこともあり得るのでデメリットは何もない。まだスタートラインに立ったばかりってとこだな。

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