第七十七話 未知の会議

 ここはまだ人間が知ることすら出来ていない場所。そんなとこで、今日はより一層、重たく淀んだ空気がその場にいる者を纏う。


 灯りなどの、人間には当たり前の文明はどこかで途絶えたかのように薄暗く、1言でも話せば首が弾かれそうな威圧感に誰もが恐怖している。


 そんな中で第一声を放つのはやはり彼女だった。


 「今日はどこから何人が?」


 たったそれだけをその場にいる全員に問う。しかし曖昧な質問にも関わらず、意味を理解したすぐ右に座る髭を生やした者は言う。


 「ヴァーガン王国から20名です」


 聞かれたことのみ答える。それ以外は余計なことと捉えられ威圧感ごと切り裂かれることを知っているかのように。


 「そう。今はどうなっている?」


 「始末し終えました」


 「ご苦労」


 簡単なやり取りに、途轍もない心理戦のような心構えでいるのは、彼女とともに円卓を囲む者たち。至高の存在だと知っており、歯向かっても刹那で息の根を止められると本能で理解しているからこそ心臓はバクバクなのだ。


 「あの人間は未だに気配すらないのか?」


 次々に気になることを問い続ける。しかし、これがいつも通りなのだ。返答に困る素振りも見せず、髭の男は正確に偽りなく答える。


 「はい。1年以内に姿を見せることは無いかと」


 「そうか。退屈だな」


 不満気な様子の彼女は足を組み換え、堂々と威厳のある態度でその場を取りまとめる。退屈と言えばその場の空気感が更に重くなる。誰もがその退屈しのぎの相手にされるか分かったものではない。


 もし自分が指名されるのなら圧倒的力の差で押しつぶされ、刀を握ることすら不可能になってしまう。そう思っているのだ。出来るのならまだ刀を振り続けたいだろう彼らは失言もせず、ただ彼女の気が変わらないかと神頼みをしている。


 「ここを出ることすら出来ず、あちらから来るのを待つのは実につまらない。私は戦いたいと言うのに」


 呪いをかけられているようなことを言う。戦闘狂のような発言だが、まったくもってその通りだ。彼女はこの場に集いし6名の中で軍を抜いて強く、猛者に飢えている。


 故に優越感からの劣等感のように、今が退屈すぎて仕方ないのだ。


 「カグヤ様」


 「なんだ」


 髭の男は確かに彼女を「カグヤ」と言った。それに反応した彼女ということは、名をカグヤというようだ。その地位と力に相応しい、似合った名だ。


 「微弱ですが、私と刀を交えることでその退屈を忘れることは可能だと思います。なので、どうでしょうか。私と一戦は」


 誰もが驚いた。いや、カグヤ以外は。何故自分から死ににいくようなことを選択するのか理解し難いのだ。まだ生きて復讐を終えるまで死にたくないと、そう強く願うからこの場にいるのであって、決してカグヤに殺されるためにいるのでは無い。


 カグヤに殺されることを望むほど心酔しているわけでもあるまいに。


 「良いだろう。だがその前に、何故お前が私に?どうしても実力の差は目に見えて歴然。何を血迷ったか知らないが、撤回するなら今だぞ」


 提案をあっさりと受け入れる。絶対に勝つと自信を持っているかこそ出来る、弱者を葬る遊び。6人の内の1人は既に男の死を憐れんでいた。


 流石のカグヤですらイカれた提案には疑問を持った。


 「いえ、私は1度図りたかったのです。カグヤ様と私の力の距離を」


 男は死ぬ気はないようだ。いや、死ぬ前にここから逃げることが出来ると確信しているのだ。生まれながらに持った特異体質のおかげで、移動することに絶対の自信を持っているからだろう。


 「そうか。ならば図らせる前に終わらせてやろう」


 お互い自信を持つが、これは敗北した方が慢心となり勝利した方が自信と捉えられる。男も決して弱くはない。だが、未来は暗すぎる。


 美しい女性の体そのものをしたカグヤは、顔も、見た者誰をも虜にする美しさを持つ。特に何もかもを見透かしたような目は、時に恐怖すら与えるという。


 そんな目をしながら初めて目を合わせて男に問う。これが最初で最後の目合わせとなることを確信してのご褒美だと言わんばかりに睨む。


 「いつ始める?今この瞬間からか?明日か?明後日か?」


 「もちろん今からです」


 「ならばお前のタイミングに合わせよう。その間に巻き込まれないように他の者は散れ」


 カグヤは今この瞬間とはいえ、いきなり斬りかかることはしない。剣士としての有様を自分の中に描いてその通りに自分を操作しているようだ。


 カグヤの呼びかけに、寸分違わず男を除いて散る。その場で始めるのに誰も文句はない。壊れるなど思うとこはあっても口に出せるほど力は持ち合わせていない。


 なにより、一瞬の戦いにこの部屋が壊れるとはほとんどが思ってない。


 「いつでもいい。好きなタイミングで刀を抜け。その時が開始の合図だ」


 刀は鞘に入れたまま、右手を添えるだけで準備万端という。どこか同じ構えの人間がいた気がするが、全く関係は無いだろう。


 「かしこまりました」


 この時点でニヤッとした男は――既に慢心していた。


 ふぅぅっ、と深呼吸を1つ。そして男は構える。気派、剣技ともにリベニアの神傑剣士と大差ないほど磨き上げられているのが分かる。


 そして、フッ!と力強く息を吐くと同時に抜刀。


 カグヤとの距離を刹那で詰める。が、残念ながら刀がそれ以降振り下ろされることは無かった。

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