第七十四話 鍛錬再開

 「おかえり」


 扉を開けるとさっきぶりの顔が真っ先に飛び込んでくる。しっかりと休憩はしていたようで、一切のブレが無かった。


 「ただいま。いい子にしてたみたいだな」


 「してなかったらバレるからね」


 「バレたら面倒って言ってるように聞こえるんだが」


 「正解かもよ?」


 「王女様っていじわる言うんだな」


 フィティーへの殺意について探るため出たが、結局は全く関係のない男を捕まえて尋問しただけの無駄となった。と思うじゃん?実は!……なんて、何も変わらず無駄は無駄だった。


 今頃ルミウが何かしらの手がかりを得て、その尻尾を追っているだろうが、毎度面倒を押し付けて申し訳ない気持ちでいっぱいだ。いつかお礼のデートにでも、いや、逆効果か。


 呑気な俺はその調子でフィティーの側までやって来る。今日はこれからどこまで鍛錬可能か見極めるためだ。


 「よし、発を続けるか」


 「いきなりだね。帰って来て早々始めるって私よりやる気あるよ」


 「早く見返したいだろ。だから俺も恥ずかしながら躍起なんだよ」


 俺には王女という立場で鍛えられたその忍耐力が欲しい。フィティーは当たり前のように見下されることを認め、その上で見返してやると落ち着きながら冷静に捉えている。だが、俺は見下されるとすぐに力で捻じ伏せようとしてしまう。これが王族との差なのだが、純粋に冷静さが欲しい。


 「まずは地獄の再開だ。まずフィティーには1週間以内に発で動きを捉えることを習得してもらう。相手の動きを先読み出来るようにするってことだ」


 「先読み?」


 「実際俺は今、常に気派を垂れ流して不意の事態にも対応出来るようにしているんだ。たとえば、走ろうとしたら重心を前に傾けるだろ?その場合必ず気派もそれに伴って傾く。それを自分の発で勝手に捉えて、相手が走って来るって先読みをするんだ。そうすることで自分の周りを常に警戒出来るからな」


 もちろんまだその段階になることは出来ない。だが、毎日鍛錬し続けることでフィティーなら1週間という期間で余裕を持って習得出来る。


 「奇襲にはそうやって対応してるんだね」


 「まぁな」


 実は感覚に2割頼ってたりもするが、それは言わない方が成長に繋がるな。


 「自分の気派は発でも還でも掴めるだろ?」


 「うん。完璧とまではいかないけどね」


 「十分だ。ならほんの少しでいいから発を掴んで体全体に纏うイメージを持ってくれ」


 「分かった」


 目を閉じて自分の世界に集中し始める。5秒も経過せずに俺の声以外聞こえないほど世界に入り込んだフィティーは休憩前より断然楽そうな面持ちでいた。


 成長速度半端ないな。流石はレベル6だ。


 みるみる具現化される気派は俺の目にも分かるほど大きく、陽炎のように揺れ動く。発は精錬されるほど目で見て驚愕すると言われるが、まさに開いた口が塞がらない。


 ほんの少しの意味を履き違えたわけではなく、本当にフィティーのほんの少しが目の前に広がる。それは第12座のレントの3割に匹敵するほど濃い。極めたらエイルにも届き得る才能だ。


 次会ったら煽ってやろうかな。


 「そのままの態勢を保ってくれ。今から俺がフィティーに向けて殺意を込めた気派を送るから、それが上下左右何処から来たものか当てるんだ」


 「…………」


 言葉では答えずコクっと首を縦に振り答える。どんな領域に入ってるのか知らないが、今を邪魔するのは絶対に良くないと悟れるほどには極地だ。


 俺はフィティーの真上に立つ。気派を極めると空中でそれらを圧縮し、足場として作ることが出来る。結構な気派を使うが、支障をきたすほどではない。神傑剣士は全員が容易にこなせる。


 そして極小の殺意を下に向けて放つ。不意に肩をトントンされたときと同じ量だ。放ち終えるとすぐに元いた場所へ戻る。この間、ずっと気派を消し続けなければならない。これが中々慣れない。常に気派は垂れ流しが故にだ。


 「もういいぞ」


 俺の言葉に反応し、シュッと集中を解く。同時に気派も全く無くなるので、本当に1秒前まで練っていたのか疑心暗鬼になるほど恐ろしい。


 無自覚の才能ってここまでバケモノを生むのか……。人のこと言えないけど。


 「どうだ?何処から送られたか正確な位置は把握出来たか?」


 「……真上かな?一瞬正面から感じたけど上の方が強かったから真上だと思う」


 「正解だ。正面のは始まる瞬間に微かに残ったやつだな」


 バケモノ確定。潜在能力が凄まじいな。このままのペースなら近いうちにレベル5までは持っていけるな。5と6は天と地。全身全霊で取り組むのはそこからだ。


 「今の感覚を常に放出しるために、毎日欠かさずやっていくぞ。時間も伸ばして最終的には24時間フルで、寝てるときも放出してもらうからな」


 「出来る?」


 「気派の扱いは下手な俺でも習得したから出来るぞ」


 「最強に言われると説得力無いんだけど」


 「それは剣技だけな。気派は最強集団の中で普通だ。ルミウなんかバケモノ中のバケモノだぞ。固有能力が強すぎるからな」


 「ルミウ様の?」


 「ああ。ルミウはエアーバーストっていって、気派を扱うことに長けた固有能力を持ってるんだけど、それが常に発動してる状態だから気派の扱いには右に出る者はいないな」


 エイルが威力に長けた気派を使うのに対して、ルミウは緻密さに長けた気派を操るので軍配は時と場合により変わる。気派だけなら体質も相まってエイルが勝つことが多いが、ルミウも引けを取らない。


 なにより、常に発動してる固有能力自体稀である。俺のレベリングバーストは俺の好きなタイミングで発動可能だが、常には発動されない。体力がいずれ尽きるので当たり前だが、エアーバーストは体力が消耗されない唯一無二のチート能力なのだ。


 第1座……その座に相応しい力を持っているものだ。

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