第七十二話 目的と解放

 私は人質を取られても変わらず歩みは止めない。


 「お、おい!止まれよ!」


 「なんで?」


 「はぁ?これが見えねぇのかよ!」


 更に首元へ近づける刀に、目隠しをされながらも状況は把握しているようで、怯え始める貴族2人。残り1cmで首から血が出そうなほど近い。


 「見えてるけど、それがどうしたのって聞いてるの」


 「何言ってんだよ!意味分からねぇ、お前はこいつらが死んでも良いってのか!」


 全身を見れば挙動不審になりすぎて、パニック障害を引き起こす手前まで精神が揺らされているのが分かる。それほどまでに追い込まれるのには、絶対に理由がある。


 「いやいや、君たちは根本的なことを間違ってるでしょ。だって人質にするなら何かしらの理由があるものだよね?それに君たちには更に上の存在がいて、その人たちの許可なく殺すことは出来ないでしょ。見え見えだよ、君たちの愚行は」


 「はっ!カマをかけようとしても無駄だな。俺らに上はいねぇよ!だから殺したって問題はねぇんだよ!」


 そんなことはないはず。去勢を張って体裁を保とうとしているのかな。何にせよそう来るならこっちだって元々の役目を果たすだけ。


 私は全身に殺意の気派を纏った。還による殺意は、その質によって空気感の圧が増す。そして私は特定の人間にだけそれを向けることが出来る。緻密な作業も、エアーバーストのおかげで容易い。


 故に、刀を抜いた2人は尋常じゃないほど危機感を覚えている。


 「やればいいじゃん」


 「は、はぁ?何言って――」


 遮ってでも恐怖を与え続ける。


 「君たちがその2人を殺したって私が君たちを殺すことは何も変わらない。どんな未来を切り開こうと、君たちは絶対に死ぬ未来からは逃れられないんだから。無関係な2人が死のうが私には関係ないね。必要なのはこの世界から君たちのような悪人を滅殺することだ。だから早くやりなよ」


 私が守るべきはヒュースウィットの国民だけ。リベニアまで救う義理はない。でも、目の前でこうして生死を彷徨う人を見ると自然と体が反応する。


 口ではこう言っても、実はそうならないように首に刀が通される前に、いつでも阻止出来るようには整えている。なにより、気派でそれを事前に阻止している。


 見事に圧に押される2人は息が荒くなり、ついにはその刀を握ることさえ出来なくなるほど体力を消耗していた。キンッと刀は刀身から地面に落ち、悪人2人は生気を失ったように倒れ込んだ。


 「自殺しなかっただけましか……聞きたいこともあるし、それは起きてからにするか。とりあえずは……」


 ガッチリ逃げられないよう拘束されたクーロン家の2人。まだ30前半の若い2人は、お互い金髪だ。猿轡と目隠しを先に外してあげる。


 「っはぁ!止めてくれ!私たちが何をしたって言うんだ!」


 私を敵と認識した男爵家当主であろう男性は落ち着きも無く、ひたすらに私の顔を見てギャーギャー言っていた。奥様の方は比較的落ち着いている様子。経験したことがあったりして。


 「私はお2人を助けに来た者ですので、とりあえず落ち着いてください」


 「嘘だ!私たちを助けに来るなんて、そんなことをする人は誰も居ないだろう!」


 「何をそんなに気にして怒りを顕にしてるか分かりませんが、私は貴方の娘から依頼されてこの場に居ます。貴方が呪い人だとも聞いており、それでも私は助けるためにここに居るんです。どうか信じて落ち着いてください」


 「……ネティアが?……生きてるのか?!」


 もしかしてネティアを出したの逆効果だったりする?


 「はい、安全な場所に隠れてもらっているので生きていますよ」


 「…………そうか、そうなのか……す、すまない、取り乱してしまったよ」


 「いえ」


 「横からすみません、貴女は何故私たちを助けようと?呪い人と知れた人を助けようとする人は今まで存在しなかったのに」


 女性は落ち着いた声色で、優しく問いかける。


 「私はこの王国の人間ではないので、この王国でのそこらへんの話は疎く、共感し難いんです。それに、人助けを頼まれて断れるほど、落ちこぼれの剣士でもありませんから」


 「……そうだったの……助けてくれてありがとう」


 気持ちを込めて笑顔で救われたと感謝をする。こういう報酬が貰えるのだから、人助けはするものだ。神傑剣士の求めるものは全て権力や富なんかではなく、国民の感謝だ。それがどれだけ背中を押すか身に沁みて分かっている。権力と富は常に得ているからってのも関わってるだろうけどね。


 「では、次に私から質問をしても良いでしょうか?」


 「ああ、いいよ」


 冷静さを取り戻した男性は面持ちも真剣になり、貴族としての威厳が出ていた。これなら会話も問題ない。


 「何故呪い人が連れ去られるのかご存知ですか?」


 「もちろんだ。この王国は御影の地に1番近い。だから魔人も多く襲いに来るが、その大半が元呪い人の魔人なんだよ。呪い人は生まれつき途轍もない負の感情を内に秘めているから、死ぬ時にどんな思いを持って死のうと、100%の確率で御影の地へ向かうことになる。それが証された日から、呪い人と判明した人は謎の組織に密かに命を狙われるようになってしまったんだ」


 「なるほど……だから呪い人を」


 リベニアだから分かること。ヒュースウィットでは聞いたこともなければ、珍しいと言われる呪い人も多く存在している。この先が少し明るくなった気がする。

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