第六十九話 謎多き剣士と視線

 そんなイオナは私との会話を終えたあとすぐ、目の前の男性に視線を戻し尋問を再開した。右腕に込められた脅迫の気派は、男性の左肩に載せられたまま。おそらくのだろう。


 シーボ・イオナ。ヒュースウィット最強であり世間では謎の多い剣士として振る舞う彼は、神傑剣士の私たちでも謎が多い。生まれ故郷も、両親が何故イオナを捨てたのかも、詳細は何もかも不明。


 そんな中でこの世界で私だけが知る彼の秘密がある。それが今の彼だ。気派と呼ばれる人体エネルギーの具現化には2種類の還と発というものが存在する。この世界ではそれが当たり前であり、例外もあまり存在しなかった。しかし、それを否定するかのようにイオナは3種類の気派を扱えるという、現代を生きる剣士では唯一無二の例外の存在となった。


 3種類目の気派。それが――しゅうと呼ばれるものだ。


 集は相手の気派を自由自在に操ることが出来る異次元の技でもある。書庫で目を通した程度しか知らないので、詳しくは説明が出来ないが。今まさに手を触れられた男性は知らぬうちに抵抗出来ないほどの気派を吸い取られている。


 最悪そのまま殺すことも可能な技であり、集のまだ1割程度の力しか知らない私ではこの先の集については未知数でしかない。


 そしてその集は長い歴史の中で使えた人間は今までイオナ含め、たったの3人だけだという。何百億という人間がこの世界で生まれ死んでいったというのに、たったの3人という少なさ。


 2人目からイオナまでの、集を使える人間が存在しなかった期間はなんと590年。どれほど稀なのか容易に想像つく。


 イオナの正体は……なんだろう。


 そんなイオナは今、集で適度な気派を吸い取り男性を操りやすくしている。


 「また腕を上げた?」


 「これのことか?日々精神統一はしてるからな。自然と気づかないうちに上がってるみたいだ」


 危機感緊張感何も感じさせない。目の前の男性がレベル5と知っていてもそれは変わらない。自分の力を過信しない、慢心しない程度には自信を持っているようだ。


 「私たちとの力量の差が図れるね」


 「どうだろうな。剣技だけの世界なら俺は神託剣士下位ってとこだろうし、総合値なら変わらないって」


 「それこそどうだろうね」


 気派だけで私と互角に戦えそうなのが恐ろしい。実質、気派で体力を補えるイオナは体力は無限。底なしの体力、底なしの気派ではそれに太刀打ち出来るのは、同じ無限を持ったエイルだけ。


 潜在能力なんて、優劣をつけるには重要なものになる。それも剣技だけなら拮抗した神傑剣士同士ならなおさら。


 「そうだ、あれから何か分かったか?」


 あれ、とは殺意について。


 「いいや、一瞬過ぎて曖昧な気派を辿ることしか出来なくて、何も得れてない」


 その男性がこの件に何も関係がないことは私もイオナも理解している。故に長い間尋問する必要もない。現に男性は気絶しており、全てをイオナに読まれたようだ。


 「そうか。このあとも調査は続けるだろ?」


 「うん、一応ね」


 「なら、なにか分かったら教えてくれ。何もかも任せて申し訳ない」


 謝るときは気持ちが込められてるという、メリハリをつけるので一概に憎めないし、嫌いにもなれない。世渡り上手ってやつかな。


 「君には君の役目があるから気にしなくていいよ」


 「あー、好き。マジ助かる」


 「1言余計」


 「あー、好き」


 「……バカもほどほどに」


 大人になるのはまだ先の未来でのお話のようだ。呑気な性格は時に助けられるし、関係を保つならありがたい。しかし限度を超えられると大変なものは大変になる。


 でも、不思議とイオナに嫌悪感は現れない。


 イオナが私だけに秘密を教えてくれるから、特別感に浸ってそう思わされてるだけかもしれない。正直私にだけ話すのは可笑しいと思っている。親としての立場であるテンランにすら言わないのに何故私には言うのか……。


 もしかすると、神傑剣士1人ずつに秘密を教えてるのかもしれない。何にせよイオナが敵対することは絶対に無いので安心している。


 まったく、謎が多すぎるこのバカ剣士には考え事が増やされる。


 「こいつはそのままで良いから、ルミウは捜索続行で。俺はそろそろフィティーのとこに戻らないとだしな」


 「分かった。頑張ってフィティーをレベル6にしてね」


 「優しいお言葉ありがとな。期待に応えるさ。そんじゃ」


 「うん」


 歳下と思えば、歳上の貫禄が垣間見える。イオナはギャップが激し過ぎる。そんなイオナはそのまま屋根に載り、王城に向けて駆け出した後ろ姿は信頼の重圧に余裕で耐えれるほど確かなものだった。


 私の憧れであり、隣に並ぶのが私の目標だ。


 さて、次は何をするかだが、それはもう決めている。先程から執拗に向けられる背後への視線。これを解決するのが優先だ。


 私は気づかないふりをして突き当りの道を右に曲がる。同時に視線から死角になった瞬間でえるので、素早くサウンドコレクトを使用する。


 路地裏なので壁や地面と良く跳ね返り、特定がより正確なものとなる。そして捉えたその人物。


 「人数は……1人で……女の子?」


 間違いのないサウンドコレクトが捉えたのは悪人でも、大人でも無く、まだ幼さを全面に感じさせる6歳ほどの少女だった。


 予想外の人物に驚きを隠せない。その歳で私を警戒させるほどの視線を送るなんて、それほど助けを求めてるか、私を敵として捉えてるかのどちらかだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る